説教「兄弟愛と尊敬をもって」  

2020年1月1日 元旦礼拝
聖書箇所:ローマ人への手紙12:9,10
説教:深谷春男牧師

 2020年、明けましておめでとうございます。昨年一年間、主にある交わりを感謝します。新しい一年、よろしくお願いいたします。
 昨年のクリスマスの祝会でクイズを降矢兄と担当させて頂いて、大変恵まれました。聖書クイズ、いいですね~。元旦のおめでたい場での礼拝ですが、クイズからの説教を始めるのをお赦し下さい。この内容は、実は今日の説教の結論と関係があるのですが、・・・。
 ある方の結婚式の祝宴でのこと。お祝いの電報を、有名な先生から頂いたので、司会者が言いました。「有名な○○先生から電報を賜りました。聖書箇所が記されています。4:18、19です。え~、せっかくですから、これは朗読します。」一瞬、新郎新婦、祝宴のお客様が静まりました。そこで司会者は大声で読みました。
 「女は答えて言った。『わたしには夫はありません。』イエスは女に言われ た。『夫はないと言われたのは、もっともだ。あなたには5人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉の通りである。』女はイエスに言った。『主よ、わたしはあなたを預言者と見ます』」。
司会者は、「あれ?おかしいな?・・。ヨハネⅠ 4:18,19だよね・・・。」さあ、この司会者は、一体、何を間違えてしまったのでしょう。 
皆さん、おわかりになられたでしょうか?答えは、来週。

【今日の聖書箇所の位置と概略】
 ロマ書12章は、クリスチャンの具体的な倫理、地上における信仰の実践を論じた箇所です。それも大事なことは、倫理道徳を論じるにあたり、まず、使徒パウロが語っていることは、人間の倫理と道徳は、神の愛への応答、神の御救いの恩寵、十字架の愛に応答すると言う大きな枠組みがあるということです。ですから、ここには以下のような特質を見ることができます。
 1-2節は、「神への献身と自己変革」という主題。ここでも、キリストの救いを受けた者、主にあって新しく変えられた生涯という主題が語られます。それは魂の霊的な変革をもたらすのです。
 3-8節は、第二は「共同体倫理」が語られます。「教会生活の基礎的な内容」についての教えについてです。キリストの救いを受けた者の共同体、すなわち、教会における謙遜と奉仕が第二の主題となっています。
 9-21節は、ここから、一般的な「愛の倫理」が語られることになります。愛の内包と愛の外延についてすばらしい勧めが語られます。

  今日はキリスト教信仰生活の基本となる愛についてです。短い箇所ですが実に味わい深い言葉ですので、9,10節だけに焦点を絞ります。
1) 愛には偽りがあってはなりません。      偽りのない愛
2) 悪を憎み、善には親しみ結び         悪を憎み、善に親しみ
3) 兄弟愛と尊敬をもってキリストの共同体を作る。 兄弟愛と尊敬をもって
と言う主題で考えてみましょう。

【メッセージのポイント】
1)9 愛には偽りがあってはならない。
⇒ 愛には偽りがあってはならない。
 一体これはどういうことでしょうか?「愛には偽りがあってはならない」とまず勧められています。愛の真実性をいつも保つようにと言うのです。これは丁寧に自分の生活と照らし合わせてゆくと、なかなか大変です。
 クリスチャンの生涯は、信仰、希望、愛の生涯であるとパウロはしばしば言います。1コリント13章や1テサロニケ1章を参照。そして、「最も大いなるものは愛です」と語ります。クリスチャンの生活の一番の基本は愛ということになります。
 わたしは、この「愛には偽りがあってはならない」という聖句を読むと、まず思い出すのは藤井武という人です。彼は「真実」ということを大切にしました。神様を真実に愛し、人々を真実に愛するとは一体どういうことか?それを追求したのか彼の生涯であるといってもいいでしょう。彼は内村門下に入り、伝道者としての歩みをいたします。

 藤井武は1888年(明治21年)、金沢に生まれました。東京帝大の学生時代に、聖書を学ぶ講座を開いていた内村鑑三の門下に入門しました。それによって、人間個人の救いも、同胞としての日本の救いも、キリストの真理を発見する以外にはないと確信しました。そして大学卒業と同時に、専心伝道しようとしましたが、内村から、「何をやるにしても、もっと人生を知らなければダメだ」とたしなめられ、十年くらいは社会実践を積むことを勧められました。そして文官試験を受け、その後、官界で働くことになりました。
 大学を卒業すると同時に、かねてから婚約中の喬子夫人と結婚されました。そしてこの結婚関係が、藤井武に空前とも思える宇宙観、人間観に目を開かせることになりました。それはキリストを媒介とすることによって生まれた男性と女性の一体関係が、共に信頼し、共に理解し合う中に、全宇宙の仕組みと全歴史運動の深層を開花させたという、彼が書き残した『羔の婚姻』と題する一大長篇詩に、見事に昇華されて記録されています。
 官界に身を投じて約五年、ようやく時が満ちまして、専心伝道に献身しました。武二十八才、喬子夫人二十二才の時でした。そして彼が三十五の時、突如夫人は病に倒れ、天に召されることになりました。その時の情況と、それに対する信仰的理解を綴ったのが、『夕べに我が妻死ねり』の短文です。それは1922年10月1日のことでした。それ以来、彼は毎年十月一日を「私の日」と呼び、彼を記憶する者は「十月一日」において彼を記憶してくれるようにと告げました。そしてそのときから、宇宙の誕生と人間の運命とを歌い上げた長篇詩『羔の婚姻』は、8年間の長きに渡って、毎月彼の個人伝道誌『旧約と新約』を通じて、彼が死ぬまで書き続けられました。

 愛には偽りがあってはならない。この聖句は藤井武の愛唱の聖句です。

2)悪は憎み退け、善には親しみ結び、
  ⇒ 悪は憎み退け、善には親しみ結ぶ、 (9節b)
 パウロは愛の生涯は、「悪は憎み退け、善には親しみ結ぶ」と言う生涯だと語ります。1コリント13章でも「愛は不義を喜ばないで、真実を喜ぶ」(6節)と語っています。愛と善はいつでも結びつき、罪と悪はいつでも結びつくのでしょう。示される悪があったらそれを憎み、退け、そして善に親しみましょう。
 滝元明と言う有名な伝道者が赤羽教会にはじめて来られた1980年の頃に、先生の4日間の赤羽クルセードが大変祝され、恵みに満たされるので、このように聞いたことがありました。
「滝元先生。先生の集会は本当に恵まれますね。いろんな集会でも、豊かな祝福がありますが、先生の集会は魂の底から喜びが湧いてきますね。何か秘訣があるのですか?」
先生はしばらく考えられて、こう答えられました。
「深谷先生。それはきっとへブル書1章9節の御言葉だと信じています。」「はあ、そうですか?」
そしてその箇所をお読みになられました。
「9 あなたは義を愛し、不法を憎まれた。
それゆえに、神、あなたの神は、喜びのあぶらを、
あなたの友に注ぐよりも多く、あなたに注がれた。」
「深谷先生。わたしは、義を愛し、罪を憎みます。
ですから、わたしの集会は、喜びに溢れるのだと思います。」
なあるほどと思いました。
先生の集会は、罪は地獄へ落ちる!と大胆に語られます。

明確に罪を捨てて主に立ち返る者に主は祝福の油を注いでくださいます。
3)10 兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。
⇒ 兄弟愛と尊敬をもって。               (10節)
今日、聖書交読で読まれた詩篇は、「都もうでの歌」の最後から二番目の歌です。「人生巡礼の歌」とも呼ばれるこの15の珠玉の詩篇は、わたしたちのクリスチャン生涯を語っています。以前、学びましたようにこの15の詩篇の中でクライマックスに位置するのは、詩篇132篇、礼拝の歌です。そして、詩篇の133篇は、人生の最も「良きもの(トーブ)」は「兄弟愛」だと語るのです。「兄弟愛」は神様からの人生最大のプレゼントと絶唱されています。しかし、改めて聖書を読んでみますと、創世記の初めから、人間は、兄弟を愛し得ないものとして描かれています。 最初の兄弟アベルとカインは兄弟殺し。双子のエサウとヤコブは祝福をめぐって争い、ヨセフと兄弟たちは、生意気なヨセフに殺意を持ち、エジプトに奴隷として売り飛ばします。聖書は、人間の妬みや憎しみを描きながら、この「神の最善」が消えていることを指摘しています。  
 真の兄弟愛は人間の業ではありません。それは神に、源を持たねばなりません。この詩篇133篇では、兄弟愛は、天から「滴り落ちるもの」だと、3回も繰り返されています。兄弟愛は、主イエスの十字架の贖いの業に始まるのです。主イエスの贖いの愛を知る時に、人を愛することがどういうことかがわかるのです。ヨハネは「神は愛である」と語ります。そしてこの愛のあるところには命があると強調しています。また、愛さないものは死のうちに留まっており、兄弟を憎むものは人殺しなのだとまで言います。
 美歌子先生は最近、聖書の中心メッセージが「神の国」であることがわかった!と言うことを何回か、言いました。いや、10回以上、言いましたか。早天祈祷会から、祈祷会、礼拝、ぶどうのみ実礼拝、いろんなところで語りました。あるときには、「個人の魂の救いよりも大切なこと」と語ることがあったので、「それは行き過ぎ・・。聖書のメッセージは、主イエスの十字架の贖いによる魂の救いが第一だと思います。」と話したことがあるほどです。でも、本当に教会が「神の国」=「神の支配」=「天国」になることを、「兄弟愛と尊敬による」と教えています。昔開かれた青年宣教大会の時に、田中信生先生が、よく語られました。「人間関係は大切ですよ。特に語る言葉は、花束をあげる思いで、語りましょう。」新しい年、主にある兄弟愛で、天国のような交わりを証しましょう。
 
【 祈 り 】

 天の御父。新しい2020年を感謝します。この新しい1年のはじめの礼拝で、わたしどもは、ロマ書12章9~10節を与えられました。主イエスの贖いを受けて、救いの道に入ったわたしどもですから、主から与えられた驚くべき愛を大切に生きることができますように。「偽りのない愛」「悪を憎み、善に親しみ」「兄弟愛と尊敬をもって」、新宿西教会を、キリストの共同として、しっかりと築いて、この世に主イエスの救いを証しできますように、導いてください。主よ、、日本中に、世界中に、リバイバルの恵みを与えて下さい!主イエスの御名によって祈ります。アーメン