説教「道に立って眺めよ!」 

2020年3月8日 主日礼拝
聖書箇所:エレミヤ6:16
説教:深谷春男牧師

 今日は新宿西教会創立65周年記念礼拝です。共に主にある先達に感謝をささげ、これからの66年に向かって、新宿西教会の歩みに熱き祈りを捧げましょう。
うちの教会には大変素晴らしい「教会創立50周年記念誌」があります。昨晩は、その内容を読んで、深い感動で夜中の二時過ぎまで、その歩んできた内容、一人一人の証しを読み進んでしまいました。ハレルヤ。

 その中にある、開拓期の記述(79頁~)を読んでみましょう。

1初年度(1955年)   亀戸から新宿へ。  
 1955年(昭和30年)3月5日、ようやく竣工式を終えて、ここにポール・シード記念会堂は完成した。岡田牧師と4人の長老とで鍬入れ式を行ってから5ヶ月後のことであった。祈り求め続けてきた会堂を目の前にして、岡田牧師をはじめとする当時の会員諸兄姉の喜びと感謝の思いは、筆舌には表わしがたいものであったという。のちに「献堂10周年記念誌」の中で、岡田牧師自身が記した記述の中からもその労苦が偲ばれる。一部を抜粋する。◇「建築の構想は、教会堂幼稚園牧師館の三つを建てることでした。・・・材木が予定通りに入ってこないので、工事は予定より遅れましたが、12月末人は窓や外回り部分を残して建物だけは出来上がりました。その少し前、12月15日ごろにわたしたちは亀戸から西大久保の地へ家財道具と「フク」と名付けられた犬を連れて移転してきました。未完成なのでまだ窓のない事務室を箪笥等で遮断して風よけにして、まるでキャンプに近い生活をしました。緊張していたせいかあまり寒いとは感じませんでした。…そして12月26日は、未完成の礼拝堂で、34名の出席もとにクリスマス礼拝を持ちました。そして55年3月13日、午後、新装なった会堂で、内外から教職信徒約80名の列席のもと「教会設立式」と「岡田實牧師就任式」が東京教区総会議長島村亀鶴牧師司式で執り行われた。
当時、50歳で脂の乗り切った岡田實牧師と、信仰にあふれた長老方、教会員の笑顔が浮かんできますね。…ハレルヤ
  教会は「初めの愛」に立ち返るべきですね。

【聖書箇所の概説】
 今日は、皆さんと共に、先週に引き続いて、エレミヤの言葉を読みたいと思います。エレミヤ書は教会ではあまり聞かれません。しかし、エレミヤの語る預言は、深く鋭いですね。マタイ16章では、イエス様は、エレミヤの生まれ代わりだという人もいたと記されます。彼は「真実の預言者」「涙の預言者」とも呼ばれました。その真実な、感受性の強い性格は、多くの人々に読まれ、内村鑑三などは、アメリカ留学中、深い福音的な回心をしますが、マサチューセッツのアマスト大学での有名な回心の時期には、エレミヤ書に集中していたことが記されています。
 エレミヤ書1章には、彼の生涯の要約があります。それによれば、エレミヤは、「ベニヤミンの地のアナトトの祭司ヒルキヤの子であった」と紹介されています。そして2節には「主の言葉が彼に臨んだのは、ヨシヤの時代、その治世の第十三年のこと」とあり、それは、西暦で言えば紀元前626年。更に「ヨヤキムの時代、そしてゼデキヤの時代に預言活動をした、その第十一年の終わり、すなわち、その年の五月に、エルサレムの住民が捕囚となるまで続いた」と記されますが、このバビロンによる捕囚はBC586年のことです。エルサレムが陥落し、住民の多くがバビロンに捕らえ移され年まで、その預言活動は約40年に及びました。彼はイスラエルの歴史の最悪の時代、国が滅び、バビロンに奴隷となるその時代に神の言葉を語る預言者となり、神の言葉を大胆に語りました。
先週は、彼の預言の中心、「帰れ!(シューブ)」というメッセージでした。今日はもう一つの聖句。「道に立って見よ!(ラーアー=見る)」の一句を取り上げてみたいと思います。

【メッセージのポイント】
1)主はこう言われる、「あなたがたはわかれ道に立って、よく見、
⇒ 分かれ道に立って、よく見よ!
 ここにはエレミヤの語った預言の印象的な内容が記されます。
「わかれ道に立って、よく見よ!」と預言者は語ります。
人生には様々な「岐路」と呼ばれるものがあります。個人の人生を考えてみると、自分の人生もまた、山の頂上から見下ろした時の道のように、現在に至る白い道が、ずーとつながっているのではないでしょうか。改めて考えてみますと、人生は様々な岐路に立たされつつ、自分で選択してきた、その選択の連続に思えます。
 中学生ぐらいになると自分の人生を考えねばなりません。クラブはどこに入るか。高校はどこを選ぶか。将来の職業は何になるのか。どのような人生を選び取るのか。青春期には更に、さまざまな選択を迫られます。どのような配偶者を選び、どのような家庭を築くか。人生の目的は何か・・・。
 エレミヤはここで「さまざまな道がある。自分の選ぶ道を考えよ」と当時の人々に語りかけたのでした。
 これは個人を越えて、国家的な選択でもありました。エレミヤの時代は最初の所で語ったように、国家的な課題の集中し、結局、イスラエルの国は、大国バビロンに飲み込まれて、破局に至った時代でありました。神殿は破壊され、多くの国リーダーは殺され、家族はばらばらとなり、残された者は異国で奴隷のような、捕囚の民となったのでありました。
 エレミヤはこの破局の直前に召されて預言者となりました。彼は神の言葉を語らねばなりません。
 ここではまず、「あなたがたはわかれ道に立って、よく見よ!」と語るのです。
今日は、新宿西教会に取って、創立記念の日です。命の道を見ましょう!

2)16いにしえの道につき、
   良い道がどれかを尋ねて、その道に歩み、
   そしてあなたがたの魂のために、安息を得よ。   (16節)
 ⇒  いにしえの道、良い道、魂に平安を得る道を歩め!   
 預言者の目には、破局が見えていたのでしょう。ここにはエレミヤのメッセージが3つの言葉で語れます。
 第一に、「いにしえの道」を見よ。
歩むべき命の道は、「いにしえの道」(新共同訳「昔からの道」)であると言うのです。当時、国の中には多くの偶像が満ちていました。神の民であるユダの国の中で多くの不正が行われている。真実に神に向かう者があまりに少ない。バビロン大国が虎視眈々とエルサレムをねらっている。今、「いにしえの道」を見つめよ!と彼は語ります。ユダヤの民族は、その昔、アブラハムが、メソポタミアのウルで神様の召命に答え、祝福の基となるべく、偶像の町から、行く先を知らないで出て行きました。
 ヤコブが幾多の苦しみを経て、イスラエルと名前を与えられ神の民として出発しました。ヨセフはエジプトで多くの苦難ののちに、家族を呼び寄せて民族の危機を救いました。エジプトで奴隷となったイスラエルの民はモーセに導かれてその奴隷の国を脱出しました。シナイ山で、十戒を与えられ、神の民としての契約を結びました。ヨシュアに導かれ、ダビデに導かれつつ、イスラエルの国は大きく成長して、人々に尊敬される国となりました。
 しかし今や、国中に偶像が満ち、神様の御声を聴こうとしない民で満ちている。昔からの道に問いかけよ!信仰を持った初めの愛に立ち返れ!とエレミヤは語るのです。
 それから第二に「どれが、良い(=トーブ)の道か」という言葉があります。本当の深い「幸いに至る道」(新共同訳)はどこなのか。
 先日、珍しく、夜目が覚めてねむれなかったので、工藤公敏先生の証しの本を読みました。先生は長野県の生まれで、おうちが嫌で高校卒業と共に家を飛び出し、立派な会社に入社。その日に父親が自殺。昔、お酒を飲むと泣き上戸で春日八郎の「泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ~」を歌っていたところから、友人に誘われ、教会に行って救われ、献身して牧師になった。大きな慰めと癒しを体験しました。主の救いを選びたいですね。
 第三に「その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」とあります。魂に安らぎを得る道は、まさに、アブラハム、イサク、ヤコブの信仰の道、ヨセフ、モーセ、ヨシュア、ダビデの信仰の道。更にそれは、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルに受け継がれ、パウロに、新約聖書に、アウグスチヌスに、ルターに、ウェスレーに、代々に聖徒に受け継がれ、わたしたちにまで語られる福音の道!

3)しかし、彼らは言った。「そこを歩むことをしない」と。  (16節)
 ⇒ 「そこを歩むことはしない!」と言った。
 イスラエルの民は、神の民としてすばらしい祝福を頂きつつ、歩んできました。しかし、なんということでしょう!エレミヤの時代に人々は、この世界の楽しみに目を奪われ、神の恵みの世界、神の民としてこの世界に証しする任務を忘れてしまった!救いの道を拒絶した!
 エレミヤの、この預言の言葉に対するイスラエルの答えは「NO!」だった。何というかたくなさ!何という愚かさ!
 アメリカのミシシッピ川で、子供たちが「いかだ遊び」をしていました。彼らは楽しくて有頂天になっていました。岸でおじさんが叫んでいました。「危ないぞ、そこから先には大きな滝がある!帰れ!!」。でも子供たちは「変なおじさんが何か叫んでいるよ・・」と嘲っていました。でも急流に気づいた時には、もう間に合いませんでした。彼らは、滝からまっさかさまに落ちて行きました!
今日は主に「帰る日」、今日は主の十字架と復活の「福音を見つめる日」です!

【祈り】 主よ。創立感謝の礼拝を感謝します。今日は先週の説教に続いて預言者エレミヤの言葉を聴きました。わたしどもも、人生の分岐点に出会います。その時、命の道を選ばねばなりません。どうぞ、イスラエルの民のように頑なになることなく、福音の道を、古き道、幸いの道、魂の平安の道を選び取らしてください。また、空前のコロナウィルス蔓延のニュースが連日流れる緊急時ですが、日本と世界の歩むべき道も導いてください。何よりもあなたの福音の中を歩ませて下さい。主の御名によって祈ります。アーメン