説教「恵まれた生涯の秘訣」ー 詩篇34篇に聞く ー    深谷牧師

2020年6月14日 聖霊降臨節第3主日礼拝
聖書箇所:詩篇34篇
説教:深谷牧師

 先週、東京基督教大学のご家族と所属教会の牧師との懇談会に参加しました。ZOOMというコンピューターのソフトを使っての懇談会でしたが、親しみを感じる、素晴らしいひと時でした。その中で、学長の山口先生が、「新しい学生、皆様方の『宝物』をお送りくださって感謝します。なんと言っても、神様の宝、日本の宝、教会の宝、ご家庭の宝は、皆様のご家庭から送られた、学生さん方です。・・・」と話し始めるのを聞いて、とても感銘を受けました。約一時間の懇談会、真実があふれておりました。最後の方で、参加されていたお母さまが、「うちの息子を『宝』と呼んでいただいて、もう、感激でいっぱいです。・・・」と涙声でした。 

 わたしは、プロテスタント宣教150年の年(2009年)に導かれたのは詩篇25篇と詩篇34篇でした。150年の歴史を越えて、新しい時代のクリスチャンのあるべき姿は「聖書を深く、十字架のあがないと聖霊の満たしを中心に、読むこと」と示されました。今日は皆様と共に、詩篇の34篇を学んでみたいと思います。題して「恵まれた生涯の秘訣」。副題は -わたしは常に主を褒めまつる-です。

【 詩篇34篇の概略と区分 】   詩篇34篇はアルファベット歌で、「恵まれた生涯の秘訣」を印象深く語っています。この詩のいたるところに「信仰生涯の知恵」が宝石のようにちりばめられており、味わいの深い作品となっています。アルファベットの中でワウ(=英語のW)の部分だけが抜けています。詩篇25篇の方も「祈りについての秘訣」が記され、アルファベットの中のワウが抜けており、同じ著者によるものと考えられています。内容区分については、おおむね以下のように見ることができます。

1- 3節 いつも神を見上げ、主をほめたたえよ。

4- 7節 神による救いの経験。

8-10節 主の恵み深さと、主の善をしっかりと見上げよ。

11-17節 平穏な日々を望む者は舌を制御して歩め。

18-22節 主は砕かれた霊である信仰者を守り、あがなう。

 

 【メッセージのポイント】

1)、1 わたしは常に主をほめまつる。

そのさんびはわたしの口に絶えない。(1節)

 ⇒ あらゆる時に主をほめよ!                                             

   まず、最初のA は「アバラカー」(わたしはあなたをたたえる)です。恵まれた生涯はいつでも主をたたえることからの出発です。人生には多くの試練や困難がやってきます。しかし、まず、この詩がわたしどもに教える人生は「どのような時にも、主をたたえる人生」です。この詩は伝統的には、ダビデがサウル王に追われ、狂気の様を装わねばならなかった、人生の絶対絶命の時に歌われたと表題で語られているとおりです。

 日本語の50音表記でも同じです。信仰の始めは「あらゆるときに主をほめよ!」です。人生の初めの朝のひと時、目が覚めたら、まず、「ハレルヤ!主よ、感謝します!」と、主に向けて感謝の言葉を告白しましょう。昼にはお食事のときに主の御名を呼んで、歩みましょう。夜には、主よ、あなたをあがめます。わたしの家庭に帰って来て、恵みと平安を満たしてください、と祈りましょう。恵まれた信仰の出発点はあらゆる時に主をほめよ!です。

 前も話しましたが、北辰一刀流の千葉周作の勝利の極意は「先々の先」だそうですね。聖書学校の卒業式で信徒代表で、山下さんが祝辞。まず竹刀の切っ先に渾身の思いを込めて「メーン!」と飛び上がるのだそうです。

 

2)5 主を仰ぎ見て、光を得よ。(5節a)。

 ⇒ 主を仰ぎ輝け!

  信仰は、日本語では「信じて、仰ぐ」と書きます。これはすばらしい言葉です。かつて神学者、北森嘉蔵が、講演で「日本語の信仰という言葉はとてもいい言葉ですね。英語やドイツ語にもない、とてもいいものです」と語られました。いつもわたしどもは、主を信じて、仰ぐのです。顔を上げて主を仰ぐのです。ヘブル語では神の光が輝くは「ナハルー」、流れが「ナーハル」なので、「光を注入される」とも解される言葉です。出エジプト34章のモーセは、いつも主の臨在に触れ、主のみ顔を見続けたので、彼の顔は、輝いていたというのです。またⅡコリント4章には、「栄光に輝くキリストの御顔を見続けた」パウロは、主の輝きを映し続けたと言われます。

 主の臨在の恵みの中に歩むときに、なんとも表現しがたい喜びと恵みが満ち溢れるということがありますね。以前、広島の植竹先生と聖歌隊一行が、赤羽で奉仕するためにいらしてくださったことがありました。彼らが、祈りと救霊の使命をもってやってきたときに、談笑しながら歩いてくるときに、その一行の上を輝く雲が覆うような気配を感じたことがありました。

 

3)7 主の使は主を恐れる者のまわりに

   陣をしいて彼らを助けられる。(7節)。 

  ⇒ 主の御使い、陣を敷いて助ける!

   ここにはとても素敵な言葉があります。どのような試練や苦難を通っても、主を畏れ敬う人を主はお見捨てにならず、御使いを送って、陣を敷いて助けてくださると語られています。わたしはこの言葉が好きです。以前、志木教会の春の特別礼拝でも、道がわからなくなり、本当に困ったときに、「主よ、御使いを送って導いてください!」という祈りに主は答えて下さって、一人の若い女性運転手を送ってくださり。志木駅まで連れて行ってくださいました。「こちらが駅ですよ」と指さして、さっと離れて行ったこの女性に、わたしは本当に感謝しました。そして彼女を送ってくださった父なる神様に感謝しました。Ⅱ列王6:15には、エリシャの僕の目が開かれると、エリシャ先生の周りには、陣取った軍勢のように御使いが彼を助けているのが見えたと言われております。

 

4)8 主の恵みふかきことを味わい知れ、(8節a)。

  ⇒ 神の善(トーブ)を味わえ!

  さて、8節には「味わい、見よ、主の恵み深さを」という有名な言葉があります。「味わう」と、表題の「狂気の人を装い(「正気を狂わせ))」の「正気」が同じ「タアムー」という言葉です。ここに何らかの関係があるのかもしれません。神の「恵み深さ」は「トーブ(善)」という言葉です。「神の恵み深さ、神様の最善を」、味わい、そして、見よ、と勧められています。これは日本キリスト教団の聖餐の式文に取り入れられている聖句でもあります。わたしどもは聖餐の際に、主の臨在と贖いの恵みを、深く、パンとぶどう酒を食し、飲む、という具体的な行為を通し、この体を通して知るのです。そして、手にとってそれを見るのです。そのようにして、主の最善を味わうのです。信仰生涯は、実に、この恵みを、味わい、知ることなのです。

 

5)13 あなたの舌をおさえて悪を言わせず、

あなたのくちびるをおさえて偽りを言わすな。(13節)

   ⇒ あなたの舌を制せよ!

   ここには、かなり具体的な教訓が語られています。まず、舌、言葉の問題が語られていることを心に留めましょう。これは箴言でも、新約聖書のパウロの手紙でも、清い生涯を語る時には、性の問題と言葉の問題はよく出てくるのです。乱暴な言葉、みだらな言葉は魂を傷つけます。そのような意味で、わたしどもはこの舌をもって主をたたえ、人の徳を高める言葉を語るべきです。実に、「積極的、肯定的、建徳的」言葉をいつも心がけるべきです。「消極的、否定的、破壊的」な言葉を語るべきではありません。花束をあげる時のように言葉は語るべきであると、田中信生先生は語っています。

6)18 主は心の砕けた者に近く、

たましいの悔いくずおれた者を救われる。(18節)。

⇒ 心砕け、魂のくず折れた者であれ!

聖書の信仰は、自我の塊、傲慢の姿勢を強く戒めています。自分の力の限界、自分の罪に根ざした本性への開眼が必要です。実に主は「心砕け、魂のくず折れた者を救われる」のです。これは詩篇51篇でも語られています。キリスト教信仰は、第一に謙遜、第二に謙遜、第三に謙遜です。神の恵みは水の性質と同じです。恵みは高いところから低いところへと流れるのです。わたしどもは主イエスの十字架の前に立つときに、自分の愚かさ、自分の罪深さに驚き、砕かれ、悔いる霊を与えられるのです。ハレルヤ

 

7)22 主はそのしもべらの命をあがなわれる。

主に寄り頼む者はひとりだに、罪に定められることはない。(22節a)

⇒ 贖いの業に、最終的な希望を置け!

この詩人は人間の限界をよく知っています。人間の最終的な希望は、神の贖いの業にあると告白しています。人間の努力や精進には根本的な欠けがあるのです。主イエスの十字架の贖いなくして、人間は神の義を獲得することはできないのです。わたしどもの最終的な希望は、神ご自身のあがないの業にあるのです。この詩は、最後に、「神の贖いの業」に言及して、「主はその僕の魂を贖ってくださる」と告白してその教えを締めくくります。

祝福された生涯を歩みましょう。恵まれた歩みは次の7つです。

  • いつも主を賛美する口(先々の先はハレルヤ)、
  • 主を仰ぐ目(主を仰ぎ、輝け)、
  • み使いを遣わす主に信頼する心、
  • 主の最善(トーブ)を味わう霊性、
  • 徳を建てる言葉、(積極的・肯定的・健徳的言葉)
  • 砕かれた魂、(第一に謙遜、第二、第三も謙遜)
  • 贖われた人生(主の十字架こそわが命)。ハレルヤ!

 

【祈り】 天の父なる神様。この日も、恵みのうちに導かれ、あなたの御名を賛美できますことを感謝します。コロナの暗いニュースのただ中にあっても、わたしどもの生涯を恵みの充満の中に歩ませてください。詩篇34篇のように、①まず、主を賛美する口、②主の温顔を仰ぐ目、③主に信頼する心、④主の最善を味わう霊性、⑤人の徳を建てる言葉、⑥砕かれた魂、⑦贖われた人生、へとわたしどもに導いてください。聖霊なる神様よ、恵まれた勝利の生涯へ導き給え。主イエスの御名によって。アーメン