説教「みな大胆に語り出した」 使徒行伝4章23~31節   美歌子牧師

2020年6月26日 聖霊降臨節第5主日礼拝
聖書箇所:使徒行伝4:23~31
説教:美歌子牧師

 コロナの緊急事態宣言が解かれて、一か月が過ぎました。インタビューに応じる人々の思いも様々だと感じています。手放しで喜んでいる方、「まだ早かったんじゃないか」と心配している方。専門家でも様々です。東京都知事選に立候補された方でも、対処の仕方が違います。不信仰の世界では、多数決で、ことが決定されるようになっているようです。ところで、今日開かれた聖書では、獄から解放されたペテロたちが教会に帰り、教会のみなが大胆に神の言葉を語りだしたと書かれています。

 みながというのは、すごいですね、聞いてまいりましょう。

【聖書箇所の概説】

 「美しい門」の前で、物乞いをしていた、足のなえた男性を、ぺテロがイエスの名で癒しました。これが原因で起こった出来事が記されるのが4章でした。

「この奇跡はイエス様がなされたことです」と、主を証しする説教で、5千人が救われましたが、騒ぎを聞きつけた神殿守衛長、サドカイ派の人々によってペテロとヨハネは議会に連行されて、取り調べを受けました。そこでも「主イエスの十字架と復活を大胆に語った」ところ、それを聞いた議員たちは、癒しの事実の前に、正規には裁けないので、脅して「あの名によって話したり、教えたりしないように。」と命令して、二人は釈放されました。 今日のところはその後のできごとです。

23―31の区分

23節   釈放されたペテロたち、仲間に報告する。

24-28節 聞いた人々の祈り「預言されていたことが起こりました」

29-30節 今、脅しに目を留め、大胆に御言葉を語らせてください。

31節   祈り終わり、聖霊に満たされ、大胆に神の言葉を語りだした。

 

【メッセージのポイント】

1)仲間のところへ

ふたりはゆるされてから、仲間の者たちのところに帰って、祭司長たちや長老たちが言ったいっさいのことを報告した。23節

議会から解放されたペテロとヨハネはまっすぐに「仲間のところ」に行きました。「教友」と訳された聖書もあります。身内、親戚、弟子などの意味もあります。「自分が属する人々」のことです。ここでの「仲間のところ」は主に結びついた神の家族のところです。      

いちばん心を許し、憩えるところが家族です。深谷もこのごろ「深谷家のルーツ」というラインを姪の子が作り、子供のころの写真など、アップして盛り上がっています。先週の父の日の説教を、長利お父さんのこと話したと言って、説教をアップし、聞いてもらうことが出来ました。家族は懐かしく会いたいものです。二人も釈放されるとすぐに向ったのが、神の家族である仲間たちのところでした。

教会は神の家族です。本当は、肉の家族より、強いきずなで結ばれているものです。え?と思いますか?一週間に一度だけ出会って、ほとんど会話もなく帰ることもあります。これは現代の教会が忙しくて、初代教会から、移行してきた姿で、愛の神の国を味わえなくなっているかもしれません。(でも新宿西は遠方から来ている方が多いですが、午後ゆったり交わったりお掃除したり、遅くなると、外でいっしょに食事して帰ったりで、素晴しいと思っています)

この時は、まだ迫害が表面に現れていない、教会のほんの始まりの時ではありましたが、イエス様の血によって結び付けられた、神の子たちの集い、永遠の命の家族でした。このことを言い換えると、イエス様の体に結び付けられた、ひとつ身体でもあります。ペテロたちが捕らえられ、サンヒドリンで受けたことは、運命共同体の自分たちの課題でした。

教会の歴史は、信仰を持つことは、命がけの歴史でありました。

先週、祈祷会で、マタイの福音書7:13,14節を学びました。「狭い門、狭い道」から入りなさい。とイエス様は山上の説教の結論として語られました。潔く、全き愛こそ真の命、それを求める主の前に、自分は立ちえない、罪深いものですと、それを認め、主の血による赦しを求めなさいと。まずこれが狭い門ですね。

今日は、澤田さんの洗礼式があります。神と会衆の前で自分が主の十字架によらなければ生きられないものであることを認め、門をくぐることです。

その後も、狭い道が続きます。天路歴程を考えました。信仰者には、失望の沼、悪魔の放つ火の矢、世渡り上手からの誘惑、等といった試みがあります。

細川ガラシャの本を守部さんがこの頃出されましたが、信仰を捨てよ。とこの世の権威者たちは迫ったのです。しかし、罪の赦し、永遠の命には代えられませんと、死を選んだのでした。肉の家族のきずなもこの命から引きはがすことはできませんでした。

深谷と私は、ホーリネスの群に属しています。先週は本来ならば、弾圧記念の聖会が持たれる日でした。コロナで中止になりましたが。「キリストが再臨するとき、天皇陛下は裁かれるのか」等の尋問が行われ、投獄された牧師もありました。検挙された牧師134名、内75名起訴、1-4年の懲役、拘留中4名が病死、保釈後3名の病死がありました。病死と言っても体に傷跡が有ったのでした。

更生教会の前任の原田謙牧師は、まだ子供であった時、満州で牧師をしていたお父さんが検挙され、お母さんが子供たちを集め、「お父さんは何もわるいことはしていません。お祈りしましょう。」と話し、幼い子供たちも一人一人お祈りした。と聞きました。信仰の道は狭い道です。

2)神の計画が実現することに信頼し、祈ろう。

24 一同はこれを聞くと、口をそろえて、神にむかい声をあげて言った、「天と地と海と、その中のすべてのものとの造りぬしなる主よ。25 あなたは、わたしたちの先祖、あなたの僕ダビデの口をとおして、聖霊によって、こう仰せになりました、『なぜ、異邦人らは、騒ぎ立ち、もろもろの民は、むなしいことを図り、26 地上の王たちは、立ちかまえ、支配者たちは、党を組んで、主とそのキリストとに逆らったのか』。27 まことに、ヘロデとポンテオ・ピラトとは、異邦人らやイスラエルの民と一緒になって、この都に集まり、あなたから油を注がれた聖なる僕イエスに逆らい、28 み手とみ旨とによって、あらかじめ定められていたことを、なし遂げたのです。 (24―28節)

聞いたあと、兄弟たちがしたことが祈りです。しかも「天と地と海と、その中のすべてのものとの造りぬしなる主よ。」と全能にして支配者なる方と、信仰告白して祈りました。しかも「25 あなたは、わたしたちの先祖、あなたの僕ダビデの口をとおして、聖霊によって、こう仰せになりました、なぜ、異邦人らは、騒ぎ立ち、もろもろの民は、むなしいことを図り、26 地上の王たちは、立ちかまえ、支配者たちは、党を組んで、主とそのキリストとに逆らったのか』。27 まことに、ヘロデとポンテオ・ピラトとは、異邦人らやイスラエルの民と一緒になって、この都に集まり、あなたから油を注がれた聖なる僕イエスに逆らい、28 み手とみ旨とによって、あらかじめ定められていたことを、なし遂げたのです。」と、詩篇2:1-2節の「メシヤ預言」が実現した、という確証をもちながら、祈っています。

旧約から待ち望まれたことが実現した。それがこういうことでありました。と、それを握りながら祈っています。

私達の信仰は、だれか偉大な思想家が教祖になって考え出したものではありません。少し前に学んだ「聖霊降臨」のできごとも、旧約から「全ての息子娘に私の霊を注ぐ」とヨエルが預言していたことの実現でした。クリスチャンはこの世界を創造し、完成を見越して導いておられる神を、み言葉が実現したという証拠を握りながら、信じているものです。ですから、すべての課題をこの神様にもっていきます。わたしたちも課題が起った時、人の考えを求める前に、まず祈りましょう。

 3)思い切って大胆に語らせてと祈ろう。

29 主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。30 そしてみ手を伸ばしていやしをなし、聖なる僕イエスの名によって、しるしと奇跡とを行わせて下さい」。31 彼らが祈り終えるとその集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。(29~31節)

それで、仲間が、心を一つにして祈った内容は「僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。」でした。「迫害が起こりませんように」「仲間が守られますように」とか祈りそうですが「御言葉を語らせてください。」です。この言葉は、短いこの聖書の箇所に、2回も出てきます。この場合の「み言葉」は主イエス様の十字架と復活の福音のことです。最初に私達は神の家族で、肉の家族より深い絆ですとお伝えしました。罪の赦しと永遠の命こそ、全ての人が得てほしい最高の命です。これを頂いた私達は、光をマスの下に置いては申し訳ありません。これこそ思い切って大胆に語らせて頂きたい内容です。

続いて聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされとも祈っています。これは救いのしるしとなる癒しを求めていると思います。自分になされたみ業として証しをもって、語らせてくださいということでしょう。

金曜日は早稲田朝祷会でした。貴村かたる先生が、人を裁いていた、10ヶ月間、せき込んで、話ができないほど苦しかった、なぜか説教だけはできた。病院にも信徒の勧めで、彼らの気持ちを汲んで、行ったけれども治らなかった。信徒を裁いている、そのことが示されて悔い改め、「この悪霊出ていけ」と祈ったとき、まったく癒された。と語っておられました。この命は、死んでからの命でなく、今も生きて働かれる神様を経験できるものです。証を持たせてくださいと祈りましょう。

肉体の癒しも証しですが、全てのクリスチャンが罪赦され、解放された、自分のうちになされた癒しを、必要な時いつでも語れるようにと祈りましょう。

この祈りが捧げられたとき、一同は聖霊に満たされ、大胆に語り出しました

 【祈り】 父なる神様、永遠の家族が与えられていることを感謝いたします。ここで互いに愛し合い、信頼しあって、課題を共に担うことができますように。神様の御計画を信頼し、心を一つにして祈る教会としてください。癒された証人として、福音を大胆に語るものとしてください。救われる者が日々仲間に加えられますように。主イエス様の御名によって祈ります。アーメン。