説教「シオンからあなたを祝福される」詩篇134篇ー都もうでの歌⑮ー 深谷春男牧師

2021年3月7日(日)新宿西教会主日礼拝
聖書箇所:詩篇134篇
説教者:深谷春男牧師

 5日に、東京聖書学校の卒業式がありまして、出席してきました。今年の卒業生は2人でしたが、伝道者として献身し、4年間の学びを終えて、伝道へと進み行く決意の日は何とも、大きな励ましと希望を頂きました。後援会の方から、「命がけで福音を語ってください!」とのエールがありました。わたしも、伝道者生涯の原点に立つ思いをいたしました。感謝します。

【今日の聖書箇所の内容および区分】

 さて、わたしどもは、昨年の8月から、詩篇の中の「都もうでの歌」と呼ばれる、15篇からなる一連の人生巡礼の歌を読んでまいりました。今日はその最後になります。以前にも語りましたが、「都もうでの歌」というのは、直訳ですと「上りの歌」で、だいたい3通りの解釈があります。

①年一回のエルサレム上京を歌った巡礼歌。

②異国バビロンの捕囚の民がエルサレムへ上る歌。

③エルサレムの神殿の婦人の庭から男性の庭への階段(15階段ある)で歌われた聖歌集。  

 詳細はよくわかりませんが、神様によって導かれる人生歌集とでも呼ぶべ

き珠玉の詩編集です。復習すると以下のようになります。

120篇 求道決心  争いを好む異民族間に住む不幸 神の平安を求める

121篇 エルサレムへ出発  巡礼の旅の安全を祈る 主は見守り給う

122篇 エルサレムに到着 その足が城壁の中に入った喜びと都の美しさ

123篇 礼拝堂での礼拝  神を仰ぎ、その憐みの御手に目を注ぐ

124篇 苦難の問題 試練を回顧 火の中水の中を通ったが臨在こそ救い

125篇 不動の信仰 神の民を守る全能の神へのバタフの信頼を告白する

126篇 涙と共に種をまく 過去の救い 現在の祈り 将来への希望を歌う

127篇 家庭の歌  神なき人生、神なき家庭の空虚さ 信仰継承の子宝

128篇 家庭の歌  神を畏れ礼拝する家庭は豊かな祝福と充実を得る

129篇 苦難の問題 背中に受けた惨い傷、義なる神による救出の体験。

130篇 罪と死の深淵 深き淵より神を呼ぶ 希望は神の慈愛と贖いに。

131篇 幼子の如き信頼  母の胸にある幼子 神の慈愛と贖いとを待望

132篇 巡礼のクライマックス 感動の礼拝 臨在-愛(選び‣契約)-喜悦

133篇 ヒネー・マ・トーブ 人生の最善は兄弟愛 それは天から下る

134篇 巡礼の終り 帰路に就く巡礼団の感謝挨拶と祭司団の祝福の祈り

 この詩篇134篇は、「都もうでの歌」の最後に位置していますので、多分、巡礼者が首都エルサレムに滞在中にお世話になった祭司団に最後のお別れをした時の歌であったのであろうと言われています。もう故郷に帰らねばならない巡礼者が、徹夜で祈りの奉仕をする祭司団に感謝をこめて呼び掛けています。大体、以下のように理解することができます。

1節 暗いうちに出発する巡礼者の人々の、祭司団への感謝の言葉

   「わたしたちに代わっていつまでも主をたたえ続けて下さいね」。

2節 これは、巡礼者と祭司団、一緒になって、一同で合唱

   「聖所に向ってあなたがたの手をあげ、主をほめよ」。

3節 祭司団の、巡礼者への祝福の祈り。

  「天地の造り主なる神が、シオンからあなたがたを祝福して下さるように」

【メッセージのポイント】

  都もうでの歌

 1見よ、夜、主の家に立って

  主に仕えるすべてのしもべよ、

  主をほめよ。               (1節)

  ⇒ 試練の最中にあっても主をほめよ!

  巡礼者たちは、朝早く、まだ暗いうちに自分の故郷に帰る支度をしたのでしょう。想像するのに、まだ、夜が明けるよほど前、朝の3時か4時に起きて身支度をして、朝の礼拝をして、帰途に着こうとしています。

 1節は「見よ、夜、主の家に立って主に仕えるすべてのしもべよ。主をほめよ」とあります。「見よ」という一語が、この詩編の最初についています。これは読者の注意を喚起する言葉です。この言葉は、一つ前の詩編133編にもありました。「見よ、兄弟が共に座っている。何という恵み、なんという喜び」。同じように、この詩も「見よ!」と読者を促します。「見よ、夜、主の家に立って主に仕えるすべてのしもべよ。主をほめよ」と。

 この詩の背景は夜です。まわりは暗黒のとばりが四方をおおい、聖所の窓から、かすかに光が漏れています。人々の寝静まっている中に賛美と、祈りの声がしんしんと響いてきます。

 これは、実に象徴的な光景であると思います。神の民の歴史そのものです。真っ暗な夜に、主に祈りをささげている神の民、主に祈る祭司団の人々。その人々の祈りに支えられて神の民の歴史があること、人類の歴史が保たれていることをこの詩は語ります。

 愛する兄弟姉妹。わたしたちにもまた、暗く、つらい夜があります。しかし、賛美の中で朝を迎えるのです。

  使徒行伝16:25.ピリピの牢獄で、パウロとシラスはむち打たれ、ひど  

     い仕打ちをされたが、真夜中ごろ、突然・・・主の奇跡は起こった。

  ヨブ記35:10. 人生の試練と病気のただ中で嘆いていたヨブに、エリ  

     フは、神の恵みを語る。「主は夜に讃美を与え給う方」・・・

 先日のアパルームに「涙という祝福」という文章がありました。エレノア・コールズさん(米国・オレゴン州)の証しの文章でした。「わたしはこの数年、厳しい試練を乗り越えてきました。わたしの息子の一人がガンで亡くなりました。もう一人の息子は視力低下で苦しんでいます。そして58歳の夫が亡くなりました。涙が流れ、わたしの心をきよめてくださいました。」この文章をある女性牧師に送りましたら、「わたしの夫も58歳で亡くなりました。子供のことでも苦労しました。」との文章でした。彼女は今は牧師として、献身し、懸命に主に仕えています。

 

2)2 聖所にむかってあなたがたの手をあげ、主をほめよ。 (2節)

 ⇒ 「聖所に向かって、手をあげよ!」  ー最も偉大な奉仕は祈りー

 2節は「聖所に向って手をあげ、主をほめよ」とあります。「手をあげよ」とは礼拝の姿、祈りの姿です。祈りは最も大切な主の民のつとめです。ある方は、この2節は、「巡礼者と祭司団、一緒になって、一同で合唱」と説明しています。祭司も巡礼者も、これから故郷に帰るけれども、聖所に向かって、「祈りの手をあげ続けよう!」と励まし続けたのでしょう。

 ある本にラビ・ベン・イスラエルの話がありました。有名なこのラビが「最も偉大な仕事をしている人を示して下さい」と主に祈っていた。ある時御使いが現われ彼を連れて行きました。

 初めに見えたのが総理大臣の家、ところが御使いはそこを通り過ぎ、次に見えた軍の大将の家。そこも通りこし、さらに大祭司の家がありました。すると、そこをも通り越しました。そして倒れかかっているような家の中で夜を徹して祈っている老人を示して「この人です」と言われたのでした。

 昔、神学生の頃に夕拝を終えて、赤羽から三鷹に帰った時がありました。昔は赤羽駅の階段は、100段ぐらいありましたね。息をハアハア言わせながら、電車に乗ったら、聖書を読んでいる40歳ぐらいの方がいました。声をかけましたら、彼は、「わたしもまだ、足りないですね。『男は怒ったり、争ったりせず、どんな場所でも清い手を上げて祈ってほしい』(第一テモテ2:8)と教えられていますが、なかなか・・・・」と話されました。印象的でした。

 「朝の15分があなたの人生を変える!」これは榎本保郎先生の「アシュラム運動」のキャッチフレーズだそうです。5分間、聖書を読み、5分間、その聖書箇所を黙想をし、5分間、主の御業のために祈る。この短い朝のディボーションが、わたしたちの人生を大きく変えてゆくというのです。

 教会は祈りの家です。教会で心を合わせて祈る祈りは力がありますね。毎朝6時から7時の早天祈祷会や、教会の木曜日の聖書研究・祈り会で共に祈りましょう。

 3)3 どうぞ主、天と地を造られた者、

   シオンからあなたを祝福されるように。(3節)。

⇒ シオン(礼拝の場)から、祝福は来る!

 最後の言葉は、祭司団から、巡礼者への祝福の言葉です。これから自分の家に帰ろうとする巡礼者たちへの、心を込めた祝福の祈りです。天地の造り主である神様から祝福がありますように。シオンとは昔、神殿のあったエルサレムの丘のことです。神を礼拝する場所です。礼拝の場所から、今でいうなら、教会の講壇から、神様の祝福が流れ出るのです。

 人生巡礼の詩篇、「都もうでの歌」の最後の言葉が、「どうぞ、主、天地の造られた御方が、シオンからあなたを祝福されるように!」という祝福の祈りで終わるのはふさわしい締めくくりですね。わたしたちも、「人生の巡礼の日々」を送るのですが、この人生巡礼のクライマックスは礼拝です。この礼拝で、わたしどもは主の臨在に触れ、主の温顔を拝し、神の御言葉を聞き、「僕聞きます。主よ、語り給え」との敬虔さを持ち、神の愛と祝福とに満ちて、一週間、一週間を歩むのです。神様の祝福を切に願って、わたしは祝祷します。

仰ぎ請い願わくは  主イエスキリストの 十字架と復活の 恵み

          父なる神の 創造と摂理の 御愛

          聖霊の 知恵と力の 御満たしが

 会衆一同の上に、今から後、とこしえに至るまで豊かならん事を!アーメン

この神の祝福こそ、わたしたちの生きる喜び、未来を開く命の力なのです。ハレルヤ   アブラハムのように、ヨセフのように、代々の聖徒のように、明日に向かって、歩みましょう。

 【祈祷】  恵みの主よ。この朝は、愛する兄弟姉妹と共に詩篇134篇、「都もうでの歌」の最後の詩篇を学ばせて頂きました。かつての祭司団が、まだ暗いうちから主に祈りを捧げておりましたように、わたしどもも、朝早くから、あなたをたたえることができますように。また、人生の夜にも、主をたたえることができますように。また、「聖所に向かって手を上げよ!」と語り続け、礼拝の祭壇から流れ出る神さまの豊かな祝福を受けて、雄々しく人生を切り開くことができますように、主よあなたの祝福をわたしどもに満たしてください。われらの贖い主、永遠の命に導きたもう御方である、主イエスの御名によって祈ります。アーメン