2021年9月26日(日)主日礼拝説教
聖書箇所:使徒行伝7:1~8 説教者:深谷美歌子牧師
皆様は、ある事を説明するのに、いろいろ細かに話して、説得するタイプですか?わたしは気が短いので、結論は?とか思ってしまうタイプです。
その私が、今日の聖書の個所は、ステパノが捕らえられて、じゅんじゅんと話して、今がどんな時代かを説いていくところを伝えます。祈りつつお聞きください。
捕らえられたステパノが訴えられた内容は、―彼らは人々をそそのかして、「わたしたちは、彼がモーセと神とを汚す言葉を吐くのを聞いた」6:11
「この人は、この聖所と律法とに逆らう言葉を吐いて、どうしても、やめようとはしません。14 『あのナザレ人イエスは、この聖所を打ちこわし、モーセがわたしたちに伝えた慣例を変えてしまうだろう」6:13,14と言っている。というものでした。
弁明と言う形ですが、福音の訪れを、サンヒドリンの議会に臨んでいる人々に、歴史を追って語る内容です。
第一の弁明の内容は、神を冒涜したと言われたが、神はどのような方か。
第二に、モーセの律法に背いたと訴えられたことへの弁明。
第三に、聖所を冒涜したとされた訴えへの弁明です。
【聖書箇所の概説】
7章の内容を分けると下記の内容になります。
2-8節 アブラハムの召命の時代
9‐16節 エジブトに下った時代
17‐38節 モーセの召命とイスラエルへの神の言葉による導き。
39‐43節 イスラエルの不従順
44-50節 幕屋時代と神殿の建設
51-53節 ユダヤ人への攻撃
54―60節 ユダヤ人の石打ちによるステパノ殉教
今回の聖書箇所はアブラハムの召命の記事です。アブラハムに最初に臨まれた神様と、信仰者としてのアブラハムの応答の姿がしるされた箇所です。
2-5節 メソポタミヤから約束の地に来た時は、子孫への土地授与の約束だけ
だった。
6―7節 400年奴隷となって他国に宿った後この地で子孫が礼拝する。
8節 神とアブラハムの割礼による契約が結ばれたこと。
【メッセージのポイント】
1)神の介入と、アブラハムの応答。
2 そこで、ステパノが言った、「兄弟たち、父たちよ、お聞き下さい。わたしたちの父祖アブラハムが、カランに住む前、まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて 3 仰せになった、『あなたの土地と親族から離れて、あなたにさし示す地に行きなさい』。4 そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、カランに住んだ。そして、彼の父が死んだのち、神は彼をそこから、今あなたがたの住んでいるこの地に移住させたが、5 そこでは、遺産となるものは何一つ、一歩の幅の土地すらも、与えられなかった。ただ、その地を所領として授けようとの約束を、彼と、そして彼にはまだ子がなかったのに、その子孫とに与えられたのである。 (2―5節)
ステパノはまず、サンヒドリン会議の議員にとっても、ステパノにも共通の信仰の父であるアブラハムのことから話し始めました。
(ちょっとここで心を留めておきますが、ステパノは、偽証人を立てて訴えるこの人々を、兄弟、父たちと呼んで、尊敬語を使っています。聖霊に満たされていたとありますから、その結果の、心開かれた愛の姿と思います。)
内容に入りますが、栄光の生ける神がアブラハムに現れ、「私が示す地に行きなさい」と語られたことについてでした。
その内容は、今まで生ける神を認めずに歩んできたアブラハムに、神様が臨み、まことの神の導きに従う、新しい生き方をせよと言うものでした。アブラハムはそれに従いました。
アブラハムがはじめた信仰の歩みは、それまでの生き方をやめ、神の導きに従う生きかたでした。約束の地に入っても、すぐに土地が与えられたのではなく、将来、子孫にこの土地が与えられるとの約束が与えられただけでした。
アブラハムがはじめて、神の介入を経験した時、そこは神殿もなく、礼拝を捧げる場でもなかったことは、聞いている民衆も周知の歴史の出来事でした。
ステパノは、神殿こそが聖所で、神を礼拝する最も大切なところ、律法を守って神に受け入れられると主張し、訴える人々に、先ずアブラハムが神に出会った時と場所は、何もないところ、神はそこに現れたと語ったのでした。
2)約束の地で礼拝するのは400年後。
6 神はこう仰せになった、『彼の子孫は他国に身を寄せるであろう。そして、そこで四百年のあいだ、奴隷にされて虐待を受けるであろう』。 7 それから、さらに仰せになった、『彼らを奴隷にする国民を、わたしはさばくであろう。その後、彼らはそこからのがれ出て、この場所でわたしを礼拝するであろう』。
(6,7節)
アブラハムへのお言葉は「ハランを出て行け、約束の地を与える。」というものでした。約束の地を与えると言いながら、それはアブラハムが生きている間ではなく、子孫に400年も奴隷の生活がある。その後この地に帰って礼拝する。というものでした。神様の言葉がいつ完成するかは、神様の時でした。
わたしの母教会下伊那郡下伊那郡喬木村の喬木教会です。喬木村のキリスト教の歴史は、松本教会から伝道されて始まったということを記念誌で知りました。
父たちが伝道を始めたのは、第二次世界大戦の終わった後で、飯田市から来ていた牧師から、家庭集会を引き継ぎ、礼拝をはじめたものでした。一時期、戦後のキリスト教ブームの波で、写真を見ると、壮々たる若者や婦人方が40名以上も写っています。わたしも幼児で、正座して写っています。
でも小学生の頃の私の思い出は10名台で、「20名礼拝を」というのが祈りでした。小学生の高学年の頃でしたが、「20名礼拝」が達成されたときは、感激でした。喬木村阿島のなつかしい会堂、そこで1976年6月24日父は心筋梗塞で突然召されました。「龍東3万!」(天竜川の東3万が喬木教会の伝道責任という表現です。)と祈りつつ伝道していて突然の召天でした。
その後、阿島北に会堂が移転され、20年ほど湯澤宣道牧師(弟)が牧会しました。
今伊奈聡先生が伝道牧会してくださっています。礼拝もときどき50名以上です。まだまだ3万には届きません。神様の歴史への介入は目の黒いうちとは限りません。
ステパノは当時の神殿礼拝の形が整う前に、様々な歴史があったことを語り、今まさに、イエス様が来られて新しい時代に入ったと伝えています。
3)栄光の神を迎え入れた者の印
8 そして、神はアブラハムに、割礼の契約をお与えになった。こうして、彼はイサクの父となり、これに八日目に割礼を施し、それから、イサクはヤコブの父となり、ヤコブは十二人の族長たちの父となった。8節
アブラハムへの約束の成就は先でしたが、まことの神を神とし、アブラハムの子孫を神の民とするという契約のしるしは割礼でした。それは神の民を象徴するしるしでした。
5 1節で「心にも耳にも割礼のない人」と非難していますが、割礼を受けて約束の成就を待ち望んでいたならば、心で神様の業を見極め、真に神の声を聞きわけるべきであったのに、神様の送ってくださった救いの完成者であるイエス様を認めることができなかった、と非難しています。
ところで現在イエス様が与えてくださった約束の地は、天国です。
十字架の血で、罪と死の代価が払われたことを信じ、父と子と聖霊の名によって洗礼を授けられた者に、永遠の命の神の国が保証されます。最終的には天国には入れられます。これは神様の完成された救いです。
12日のメッセージで、深谷牧師が、有名な香港の先生が最終的に信仰を守り通したと言われる牧師は20%と語られたと伝えました。びっくりです。
このごろ世界一大きな教会の牧師であったチョーヨンギ先生が召されました。その先生が、若い時、日比谷公会堂で、伝道会を開いて下さって、「イエスキリストを主と告白し、洗礼を受けた者は、天国に入れられます。たとえその生涯がボロボロであったとしても」と語られた時、洗礼を受けても、聖くならなければ天国に入れないと思っていた私は、安堵しました。
しかし今や、約束だけで実生活は、ぼろぼろでない国は来ています。イエス様が聖霊を全ての娘、息子に注いでくださり、迎え入れる全ての人に来てくださる時代です。
マーリンキャロザーズ牧師も、信仰者の勝利を求めていて、聖霊に満たされた時、自身が喜びあふれました。周りの人がいとおしく感じられました。そして福音を語ると、人々が救われて行きました。
そして、いつも喜んでいなさい。17 絶えず祈りなさい。18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。19 御霊を消してはいけない。一テサ 5:16-19
このお言葉を、自分も生き、兄弟姉妹に実践するように勧め、喜べない状況でも、主にあって「喜びます」と祈った時、神様の業が現れて行きました。
今は律法を行わなければ救われないという時代は過ぎました。イエス様の十字架の贖い(罪の身代わり代価の支払い)を信じるだけで救われるのです。
ユダヤ人たちは、自分たちの信じて来たものが、否定されたと感じた時、受け入れることができませんでした。アブラハムを信仰の父と仰いできたのに、神様の御計画を受け入れることができませんでした。そのまま今の時代まで来てしまっている人々もあります。タリバンとかも律法を、国民に強制的に守らせようとしています。が、真の救いはイエス様が完成してくださっています。
この救いと、聖霊による神の国の実を頂くことができますように。
祈り
昔アブラハムに栄光の神さまが現れ、「私が示す地に行きなさい。その地を継がせる。」と約束し、しるしの割礼を与えてくださいました。その目指して約束が成就した時代に生かされています。栄光の神様、聖霊を日々心の王座に迎え入れ、御言葉に聞き従い、神の国を証しさせてくださいますように。
主の御名によって。アーメン