2022年初主日礼拝説教「神はできないことはない」創世記18:1~15 深谷春男牧師

2022年1月2日(日)2022年初主日礼拝説教
聖書箇所:創世記18:1~15                        
説教者:深谷春男牧師

明けましておめでとうございます.。新しい年、皆様の歩みに神様の祝福が豊かにありますように!

わたしたちは先週まで、アドベント・クリスマスの時をもって参りました。アドベントろうそくに従って、主イエスを様待ち望む方法として、第1週は「希望」のろうそく。絶望的現実にも希望は主イエス!

第2週は「平和」のろうそく。平安と平和は、「平和の君」イエス!第3週は「喜び」のろうそく。喜びの源は、主イエスの臨在!

第4週は「愛」のろうそく。神の愛は、主イエスヘの信仰に現れる。

最後のクリスマス・イブは「キリストの光」のろうそく。わたしの暗い心とわたしの歩んだ過去の暗闇に光を与えて下さる主イエスよ!

と、悔い改めのアドベントの時をもって、主イエスを迎えました。「飼い葉桶のような粗末な心ですが、主イエスよ、わが心をあなたの宿るところとしてください。」とクリスマスを迎えた所から、実は新しい1年を始めることができるのですよね。

クリスマスは、神御自身の到来です。驚くべきメッセージです。創世記18章は、永遠の神の御訪問で、創造者なる神御自身が、被造物の世界を訪問するという意味。キリスト教は、神ご自身が、人間の世界を訪問されたというメッセージで、神御自身である主イエスが、人間の現実、神から離れたみじめな世界そのものを体験され、罪と死の呪いの暗黒を打ち砕くために来られ、十字架にまでかかって下さり、神のナルドを注がれ、死の世界まで体験して下さり、その死を砕いて復活され、永遠の命の世界を開いて下さったのです!最初はよくわからなかったこの箇所も、年を経るにしたがって、とても印象深いものとなりました。

 

【今日の聖書箇所の概説】

創世記18章は神ご自身のアブラハムへの訪問という出来事から話し始めます。そして、その御訪問は、アブラハムへの豊かな祝福となって実を結ぶことになります。そして、後半は背徳の町ソドム、ゴモラへの厳しい裁きという形で現れてきます。ソドムとゴモラの地を裁かれる神様の前に、甥のロトがソドムにおりますので、その甥のために、執り成して祈るアブラハムの生涯が描かれます。

【メッセージのポイント】

1)1 主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れられた。それは昼の暑いころで、彼は天幕の入口にすわっていたが、2 目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。彼はこれを見て、天幕の入口から走って行って彼らを迎え、地に身をかがめて、(1-2節)

    ⇒  神のご自身の御訪問

まず、この箇所で一番の出来事は、主がアブラハムに現れたという言葉です。主御自身の顕現がここでは語られます。ユダヤの伝統ではこの箇所は「ヴァイエラ(そして顕現された)」と呼ばれていて、大切にされている箇所です。神ご自身が、アブラハムの住んでいた「マムレの樫の木」のところに現れたのです。先週、学んだように、「われは全能の神なり。汝、わが前に歩みて、完全(まった)かれ」と語られた神様が、アブラハムに現れたという記事です。

その時は暑い真昼でした。アブラハムは家の入り口に座っていました。祈っていたのか、神ご自身のことを黙想していたのでしょうか。ふと、目を上げると、三人の人が彼に向かって立っていたのです。ある方は三位一体の神の出現だと言いますし、ある方は三人の天使の出現であると考えます。最初と最後の方を読みますと、神御自身の御訪問であったことがわかります。

 

2)、3 言った、「わが主よ、もしわたしがあなたの前に恵みを得ているなら、どうぞしもべを通り過ごさないでください。4 水をすこし取ってこさせますから、あなたがたは足を洗って、この木の下でお休みください。5 わたしは一口のパンを取ってきます。元気をつけて、それからお出かけください。せっかくしもべの所においでになったのですから」。彼らは言った、「お言葉どおりにしてください」。6 そこでアブラハムは急いで天幕に入り、サラの所に行って言った、「急いで細かい麦粉三セヤをとり、こねてパンを造りなさい」。7 アブラハムは牛の群れに走って行き、柔らかな良い子牛を取って若者に渡したので、急いで調理した。8 そしてアブラハムは凝乳と牛乳および子牛の調理したものを取って、彼らの前に供え、木の下で彼らのかたわらに立って給仕し、彼らは食事した。                     (3‐8節)

⇒  もてなし!               

 松田明三郎先生によるとアブラハムはここで、もてなしのテストに合格した。

①ていねいな挨拶

②足を洗うために水を提供する。

③心を込めた食事と給仕の姿

④出発のときの見送り

 3セアとは1セアが13リットルなので、やく39リットルの上等の小麦粉で作ったパンと、上質の牛肉によるビフテキでもてなしたことになります。わたしどもも、アブラハムのように愛情の深い、細やかな思いで、人格的な出会いをしたいものです。人との出会いも、そして何よりも神様との出会いの中で、真実な主イエス様との交わりを待ち続けたいものです。

 

3)12 それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。

13 主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。15 サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた「いや、あなたは笑いました」。(13-15節)

 ⇒  神は、驚くべき報いを持って、あなたに臨まれる!

 89歳のサラの体はもう、赤ちゃんの生める体でもないので、実際に「赤ちゃんの話」が来たときにサラは思わず噴き出してしまいました。それは恥ずかしさなど通り越して、考えることのできない話だったのでしょう。100歳のおじいちゃんと90歳のおばあちゃんの間に赤ちゃんが産まれる?15章などでも、アブラハムは神様に「あなたはわたしに子供お与えになりません」と恨めしく言ったことがあります。今、ここに、神様はアブラハムの真実に心を止めて、驚くべきことをお話になりました。 9節で主はアブラハムに語られます。「あなたの妻サラはどこにおられますか?」 初めての訪問なのに主は、アブラハムの妻、サラを知っておられました。全能の主は全てを知っておられるのです。私自身よりも、わたしについても、妻についても、子どもたちについても、心の深いところまで、すべて知っておられるのです。

アブラハムは、3節で「わが主よ、もしわたしがあなたの恵みを得ているなら、僕を通り過ごさないでください」と願ったように、神様はアブラハムの、仕える姿を見て、「恵み」を注いでくださいました。それも「驚くべき恵み」、実にアメイジング・グレイスでありました!

主は言われました。「来年の春、わたしは必ずあなたのところに帰ってきましょう。その時、あなたの妻サラには、男の子が生まれているでしょう。」それを聞いて、サラはくすっと笑ってしまいました。

神様は笑ったサラに「どうしてあなたは笑うのです?」と言いました。「主に不可能なことがありましょうか」と言われました。これは「ハイッパレ・メ アドナイ」という言葉で直訳では「そのできごとは、主よりも超えているか?」との意味です。神を超えたような困難はこの世にないと言う聖書的な表現です。これはやがて、処女がメシヤを身ごもることにつながり、ルカ福音書1:37のガブリエルのマリアへの受胎告知への宣言「神には何でもできないことはありません」に至ります。

 

この個所は大変重要な聖書箇所ですが、わたしどもの生涯に及ぼす「神御自身の御訪問」を教えています。以下、この個所の重要な主題は、わたしごもの生涯に大きな祝福をもたらすこと箇条書きにしてみますと。

  • 神御自身の訪問。これにより、空虚な人生に天上の命と輝きが宿る。
  • 霊の目を挙げ(仰瞻!)3人の人を見よ。エペソ1:3~14など。
  • 走って行って、この賓客を歓迎し、もてなす。走り回るアブラハム。
  • 「神の恵み」が、とどまるように、願う。
  • そこで足を洗う水と一口のパンの用意。お食事を勧める。
  • 最上の麦粉3セヤ(約40リットル)のパンと最上のステーキ。
  • 彼らの前に備え、自ら給仕するアブラハム。
  • 「驚くばかりの恵み」の宣言。息子の誕生予告。
  • ハイッパレ メアドナイ「それは主を超えているか?」神の全能
  • 人生における、救いの完成の笑い(イツハク=イサク)の成就

 

【祈り】 全能の父なる御神。新しい年、2022年最初の主日礼拝を感謝いたします。今日、学んだアブラハムのように、神様の御訪問を悟り、信仰の目をあげて、あなた御自身を迎え入れることができますように。、アブラハムのように、あなたを心からもてなし、仕える者としてください。そしてやってきた「想定外の恵み」、神の全能の祝福、あなたの賜物である喜びの微笑み、幼な子の顔に輝く笑顔のような救いと平安を、神のイサクの誕生を、わたしどもにも与えてください。困難や試練に出会った時に、「ハイッパレ・メ アドナイ」の御言葉を思い起こすことができますように導いて下さい!永遠のいのちと喜びの世界をお与えくださった、主イエスの御名によって祈ります。アーメン