新宿西教会宗教改革記念礼拝説教「福音の再発見」ローマ人への手紙1:16,17 深谷春男牧師

11月6日「福音の再発見」

聖書:ローマ人への手紙1:16,17

説教者:深谷春男牧師 

 今から約100年前、1917年(大正6年)10月31日に「宗教改革400年記念講演会」が、神田基督教青年会館で開催されました。午後7時から、内村鑑三主催の「ルーテル宗教改革四百年紀念講演会」が開催された。会場の両側の壁には、ルーテル、メランヒトン、カルヴァン、レンブラントの肖像画が掲げられ、司会は内村鑑三、講演は村田勤「ルーテルの性格」と佐藤繁彦「内なるルーテルの研究」。その後に内村鑑三が「宗教改革の精神」と題して講演。会衆は1300~1500名。階上、階下、満堂の人だった。その時、内村鑑三の「宗教改革の精神」の講演が満堂の会衆に感銘を与えました。内容は以下のよう。

 「新文明、または新世界、あるいは新時代は、1517年10月31日をもって生まれた。ベツレヘムに主イエスが生まれた日を除けば、この日は、世界的に、最も大いなる一日。近代史は、1453年の東ローマ帝国の滅亡をもってでなく、1492年のコロンブスの米国大陸の発見をもってでなく、1455年のグーテンベルクの印刷機械の発明をもってでなく、1517年のルーテルの、ローマ法王庁発売の免罪符(贖宥券)反対をもって始まった。この年この日をもって、わたしが今日、信じてやまないところのプロテスタントキリスト教は始まったのである。・・」

【 宗教改革記念日にロマ書とルターを学ぶ 】

  今日は「宗教改革記念礼拝」と銘打っての礼拝です。この日、わたしたちは、いつもの説教とは別に、1517年10月31日に起こったマルチン・ルッターと言う人物と、そして、その基本となったロマ書に焦点を合わせて、人類の歴史の偉大な出来事を学びたいと思います。

1)マルティ・ルターの生涯

 プロテスタント(新教)教会はマルティン・ルター(1483-1546)の宗教改革から始まりました。彼の原点は「福音の再発見」とか、「神の義の発見」とか呼ばれました。わたしどもの信仰の原点であるマルティン・ルターその人とその信仰について学びましょう。マルティン・ルターはドイツの宗教改革者です。彼の父はハンス・ルタ-といい坑夫から身を起した坑山の所有者で、息子のマルティンにだけは最高の教育を授けたいと願い、まず、マンスフェルトのラテン語学校に入れ、続いてマグデブルクの学校、アイゼナッハの聖ゲオルク学校、エルフルト大学の文学部に入れました。この父が極めて厳格な性格で後のルタ-の裁き主なる神のイメージはこの父から来ているとも言われています。彼は大学卒業間近に大きな経験をしました。彼の同級生ヒエロニムス・ブンツが試験中に急性肋膜炎で急死したのです。若い友人の死は彼にとって大変なショックでした。1505年、彼は今の一般教養に当たる文学部を終えて、専門の法学部に入学、エリートコースまっしぐら。しかし、その直後、再び深刻な体験をします。雷雨の中で雷に撃たれる危険にさらされて、死に直面させられたのです。そこで彼は、「もし命を助けてくれるならば修道士になります」と誓約してしまった。嵐は無事に去って行きました。彼は約束どおり修道士になる決心をし、同年エルフルトのアウグスチヌス修道院に入りました。22歳の時です。

当時の修道院生活は、とてもきびしいものだったようです。起床は深夜2時。そこから修道僧は祈りの時を持ち、粗末な食事と厳しい訓練とで、必死になって訓練を受けました、アウグスチヌスの修道院は特に、詩篇の朗読の祈りの時があり、毎日詩篇を50篇づつ読み、3日で150篇を読み終えたそうです。真面目なルターは、自分の内側に起こる様々は罪と格闘しながら、霊的に成長してゆきました。1507年に24歳で司祭となり、初めて礼典を司式した時などは、緊張と罪意識でふらふらしながらの御用だったようです。翌年はヴィッテンベルク大学の講師となり、初め哲学と聖書の講義をし、アウグスチヌスの研究を始めました。自分自身の罪との戦いで彼は、ギリギリの状態で、自分を保っていたようです。それでも1512年、29歳で神学博士となり、 ヴィテンベルク大学神学部の教授となり、このころ、1513~14年のころ(30~31歳)に有名な《塔の体験》をしました。《塔の体験》とはルッターの研究室でもあった塔の中で与えられた霊的な一大転換のことです。それは「詩篇講義第1回」の準備研究の中で起こりました。詩篇31篇2節の解釈に苦労しました。「あなたの義によってわたしを助けて下さい。」それから進んで詩篇71篇の学びに来たとき、「神の義」についてまったく新しい認識に到達する。「あなたの義によってわたしを解放して下さい。」(2節)ルターはそれを「キリストを明瞭に言い表している」と理解した。「神の義」とは、これまで考えられてきたような、人間の行いや努力が神に受け入れられ得るものであるか否かで明らかになるようなものではない。神の「義」とは、神からの恵みであって、それは「イエスキリスト」という「贈り物」として人間に与えられるものである。したがって、ロマ書でパウロが「神の義は福音の中に啓示され、信仰から信仰に至る」(1:17)と語ったように、神の「義」はイエスキリストの福音として示される。その福音こそが人間を解放し、救う。ルターはこのように「神の義」を理解するように至った。神の「義」と「救い」という、互いに矛盾するように見えたものが実は「キリスト」を介してひとつに結びついていると気づいたのである。「義という言葉からルターが発見したのは、人間の救いは、イエスキリストの教えと働き、とりわけその十字架に具現されていると言う事である。これはルターの「十字架の神学」として知られる重要な解釈である。「神の義」と言うときの「の」が、「行為者の属格」という文法的用法が使われていた。「お父さんの贈り物」と言う場合、このお父さんが子供に贈った贈り物は、ひとたび贈るという行為をすると、贈られた品物は、お父さんの手を離れ、贈られた人の手に渡り、その人の所有物となる。ここでの「の」は、行為する主体を指すと同時に、行為の後には、それが行為を向けられた相手に及ぶという意味合いを持っているのである。ヘブル語ではこのような用法がよく使われていたが、ラテン語ブルガタ版の翻訳では、このような用法がほとんどなかったために、言葉の意味を理解するのに困難が生まれていたのである。ルターは、そこに築き、「神の義」という時の「の」は、行為の属格として理解された。つまりルターは、神は「義(ただしさ)」を、イエスキリストと言う形で、罪深き人間への「贈り物」として与える。その結果、その「義」はそれを贈られた人間の所有するものとなり、人間は救われる。だからこそ聖書は神の「義」を「解放や」「救い」と結びつけ、「福音(喜びの知らせ)と結びつけて語っているのである。「義」とは人間に裁きを下す、神の絶対的な正しさを意味するのではない。ルターは「この認識をわたしは(修道院の)塔の小部屋において得た。」と語ったので、「塔の体験」と呼ばれている。

ルターはこの時から、聖書はそれまでとまったく別の顔を見せるようになった。「今まで、わたしが神の義というものを憎んでいただけに、今やこの語を最もすばらしい言葉として誇る愛も大きかった」と。神とは恐ろしい「裁きの神」ではなく、いつくしみ深い「恵みの神」だったのである。神に対するこの新しい認識が以後のルターの神学的解釈原理、すなわち、神学的な諸問題を解決して行くさいの基本認識となった。いわば、一点突破全面展開の道が開けたのである。」(徳善義和)。

「この塔の体験」が『福音信仰の鍵』ともいえる重要さを持っています。この後、1517年、ルターが34歳の時に、ヴィッテンベンルクの地方まで、免罪符(贖宥状)販売の波が押し寄せてきました。ヴィッテンベルクの城教会の扉に「95箇条の提題」を掲げて、宗教改革が起こって行きました。この宗教改革の出来事は、単に、免罪符のことではなくて一人のマルチン・ルターが、聖書が語る「神の救いの福音を求めた真剣なる求め」とそこで示された「神の義」のメッセージ、十字架の贖いの信仰に立つべき事を、わたしたちに教えています。

 

2)ロマ書の看板に見る、キリスト教の中心メッセージ。

  今日は宗教改革記念の日として3つの聖句を頂きましょう。

  • わたしは福音を恥としない。(16節a)

⇒ 福音を恥としない!

 今日は、まず「福音を恥としない!」という言葉に注目しましょう。「わたしは福音を恥としない」。この言葉は非常に印象深い言葉ですね。パウロがこの手紙を書いたのは使徒20章2,3節の、リント滞在時の時であったろうと言われます。当時のギリシャの港町コリントは人口70万人の大都会で、政治的にも経済的にも繁栄をきわめていました。哲学や数学等の学問も盛んであり、大富豪も貧しい人々も、自由人も奴隷も、実業家も芸術家も住んでいました。しかし、彼らはパウロの語る十字架や復活には興味がなかった。当時の宗教的に優れたユダヤ人もキリスト教徒を迫害する。四面楚歌!しかしパウロは言う。福音を恥としない!

②それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。(16節b)

⇒ 福音は神の力(ダイナマイト!)。信じる者を救う力!

 パウロは宣言する。「福音は力、福音はダイナマイトである!」と。「力」は「ドゥナミス」という言葉。やがて、ノーベルが爆薬を完成したときに、どういう名前がいいかと考えて、この「ドゥナミス」から「ダイナマイト」と名前をつけました。主の福音はダイナマイトです。行くべき道をふさいでいた罪と死という大岩を吹き飛ばし、粉々にして、永遠の命にいたる命の泉を湧き上がらせます。主イエスの十字架の福音は、神のダイナマイト、天来の力。すべての人を救うのです。ハレルヤ③神の義はその福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。

これは「信仰による義人は生きる」と書いてある通りである。(17節)。⇒ 信仰による義人は生きる!

16節で、「信じる者に救いを得さえる力」と表現して、「信じること」を強調されましたが、17節では「信仰」と表現して、4回繰り返されています。救いは「信仰によることを強調している。神様を信じて仰ぐ信仰が強調されています。宗教改革は、福音の再発見!

【祈祷】

恵みの主よ。宗教改革記念礼拝を感謝します。ロマ1:16,17にあるように、わたしたちは神の言葉である聖書に立ち、告白します。わたしたちは福音を恥としません。キリストの十字架と復活の福音は、わたしたちを罪と死から救う神の力、信じる者を救う神の力です。代々の聖徒と共に、

聖書のみ、

信仰のみ、

恩寵のみの原点に立たせて下さい

わたしたちの救い主、主のイエスの御名によって祈ります。アーメン