11月10日説教「万物の終りが近づいている」
聖書:Ⅰペテロ4:4~11
説教者:深谷春男牧師
今年の2月24日に始まった、ウクライナへのロシアの侵攻とミサイル攻撃などのニュース映像を見ると、こちらもびっくり仰天。21世紀の今、驚くばかりの非人道的な世界が広がっている。子供が爆撃の犠牲となり、病院や学校にミサイル攻撃。室内に散乱や猛火のアパートや10メールぐらいの大穴。原子力発電所まで砲撃を受けている!コロナウィルスから始まった想定外の出来事が次々と鮮明な映像で届けられるとまさに、現代は、ある意味で「黙示録の時代の到来か?」などと考えてしまいます。 人間の持つ科学技術の分野が飛躍的に増大し、様々な、変化が起こりました。特に近代においては、知識はうなぎ登りに増大し、あらゆる方面で、変貌をとげています。考えてみますと飛行機が発明されてまだ120年です。しかし、今は、驚くべき早さの軍用機がウクライナの空を飛び、人々の集まった公会堂に爆撃。広島や長崎に落ちた原子爆弾の何万倍もの原爆水爆などを持つ人類が、狂気の沙汰に陥り、指一本で何万、何十万も人々の命を奪うことのできる破壊兵器を戦々恐々として見守っております。第三次世界大戦が始まったら、世界は暗黒の世界となってしまいます。
【聖書箇所の概説】
この「ペテロの第一の手紙」は紀元64年に暴君ネロの迫害によって殉教の死を遂げたペテロが、殉教の数年前に、ローマから、アジア地方、すなわちポント、ガラテヤ、カパドキア、ビテニアにいるクリスチャン達に当てた手紙であると推測されてきました。迫害と試練のただなかにある教会への励ましと慰めに満ちたすばらしい書簡です。その中でも、この4章7~11節は、万物の終わりが近いことを語り、終末の時代を生きるクリスチャンの基本的な心得が記されます。内容区分としては以下のようになります。
7節 万物の終わりが近い、努めて祈りなさい。
8節 互いの愛を熱く保ちなさい。
9節 不平を言わずにもてなしあいなさい
10-11節 互いの賜物をお互いのために用い、主の栄光を現わせ。
【メッセージのポイント】
1) 万物の終りが近づいている。 (7節a)
⇒ 万物の終わりが近づいている。
まず万物の終わりが近いことを聖書は語っています。確かに、NHKTVなどでも温暖化や、国と国とのありようを見ていて、このままでは滅びるという結論で、何とかこの世界を持続させるために、今対策を!と叫んでいます。しかし、一方、聖書を読みますと、世界の終わりが来る。その時はイエス様が再びこの世界に来られるときと語っています。はっきりといつかはわかりません。しかし、主の御前に立つ供えが大事ですと語られます。
もし、ご再臨の終わりの時に、居合わせないものにも、死という終わりが、誰にもあることは、全ての人が認めるところです。それがいつかは誰も分らない。今から永遠の命に生きていることこそ一番大事です。
今日は「万物の終わりに近づきました」と書いてあります。ゴールとか終着点が近いことを語っているのです。2000年前に書かれていますが、大地震、疫病、戦争が起こると記されています。
今年は、どういうわけか、5月の「再臨待望東京大会」の御用を頼まれました。その依頼を受けた時にすぐ、マルコ福音書13章の「小黙示録」を示されました。マルコ福音書13章は「キリストの小黙示録」と呼ばれるところです。主イエスが十字架に架けられる前に、弟子達に語られた「終末の預言」です。全体の構造は以下のようになっています。
1- 2節 壮麗な建築物だった神殿に感動した弟子に、神殿崩壊を予告する。
3‐13節 終末の8つの徴 ①にせキリストの出現、②戦争と戦争の噂、
③飢饉と地震、 ④全世界への福音宣教、⑤人々の前での証し、
⑦不法、父と子の殺し合い、⑧最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
14‐23節 大きな苦難を予告する。
14-19節 偶像礼拝と聖所汚辱の破壊者による悲惨。
20節 苦難の期間の短縮。
21-23節 偽メシアや偽預言者にだまされるな。
24‐27節 人の子の再臨 について。
28‐30節 いちじくの木の教え。
31‐37節 目を覚ましていなさい 家の主人は思わない時に帰るのだから。
この準備の時に、4回も「目を覚ましていなさい!」がありました。
33節,「目を覚ましていなさい!」その時がいつか分らないからです!
34節,「目を覚ましていなさい!」あなたは、門番なのですよ!
35節、「目を覚ましていなさい!」主人がいつ帰るか分らないからです。
37節、「目を覚ましていなさい!」これはすべての人に、言うのです!
2)だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい。 (7節b)
⇒ 心を確かにし、身を慎んで、努めて祈れ
世の終わりの近いことを知っているわたしたちは、どうしたらいいのでしょうか?「心を確かにし、身を慎しんで、努めて祈れ」と勧められています。
心を確かにするとは、分別を持つこと、酒に酔っているのではなく「しらふでいる」との意味。何が重要であるか重要でないかを冷静に判断すること。
板橋中央教会に、石島弘憲先生という方がおられます。先生は祈りの人でとてもやさしい、真実な方です。その石島先生が、赤羽朝祷会で、説教の御用をしてくださった時に、ここから奨励をしてくださいました。
世界は終末へと向かっているが、終末に向かうこと、主イエスの前に立つことは基本です、と言って、再臨の主イエスの前に立つ姿勢を語られました。
ここでペテロは二つのことを語っている。
①は、身を慎んで、努めて祈ること。
②は、お互いの愛を熱く保つことである。
と語ってくださいました。とても印象深い話でした。
たしかに、「目を覚ましていなさい!」と、4回も語られたイエス様の言葉ですが、「目を覚ましていなさい」は目を覚まして何をするかですね。
「だから、心を確かにし、身を慎んで、努めて祈りなさい!」
義人ノアは、神様からの箱舟を造ること依頼されて、こつこつと家族で祈りながら、「救いの箱舟」を造りました。
でも、この謹厳は霊的な人物だったのに、ノアはお酒を飲みすぎて、裸になって寝てしまったいる。息子がセムとヤペテはお父さんの裸を覆ってあげた。しかし、ハムは呪われてしまった。
「心を確かにし、身を慎んで」という言葉は酒を飲まない、「しらふ」でと言う意味があるそうです。
そして、祈りのために時間を裂くことが言われています。
皆さん、教会の祈り会で、聖書を学び、祈りましょう。
また、できれば、早天祈祷会で、毎朝6:00~7:00は早天祈り会があります。とても楽しい聖書と祈りの会です。
聖書を学び、神様のみ思いがどのような物かを理解しましょう。
そして、ご一緒に祈りましょう。教会の使命は聖書の学びと祈りにあります。主の前に立つには、まずこの二つから始まりますね。
3)8 何よりもまず、互の愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである。 (8節)
⇒ 互いの愛を熱く保て、愛は罪をおおう!
こころの底からの愛、ピンと張り詰めた愛、愛に値しないもの、侮辱する相手とか、危害を加える相手にもかかわらず愛する愛、鼻であしらわれる時にも愛することを意味しているそうです。
これは主イエス様が、私の罪を全部を覆って赦し、愛してくださった愛です。足を洗うのはまだ半分。裏切られても愛をもって、忍耐の中でそれでもなお、愛してゆく。ヨハネ13章では「愛の極みまで愛しとおされた」とありますね。それは人間の愛ではなく、神様の愛。アガペーの愛です。愛のない時代には特にこのような、主イエスの愛を必要としている。
石島先生がこう語られました。「ビルブライト師はよく言われた。「信仰によって愛する」「感情では愛せない人がいる」。しかし信仰によって愛するということが大切。祈ることが大切。祈らねばならない人は多い。問題ある人、求道者、病気の人、つまずいている人、・・・・
聖霊様に助けられて、家族のため、友人のために愛をもって祈りましょう。聖霊様に助けられ、祈りを持って、熱く愛を保ちましょう。
4) 9 不平を言わずに、互にもてなし合いなさい。10 あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理人として、それをお互のために役立てるべきである。 (9~10節)
⇒ 賜物の良き管理者となり、お互いのために役立てよ!
熱愛することの具体的なことがあげられています。賜物は、神様から与えられますが、それを管理するのは、それぞれの働きに委ねられています。御言葉を伝えるものは、自分の考えを語るのではなく、神のメッセージを伝える。何の奉仕も、それぞれに賜物をお与えになられたイエスキリストによって神が崇められることが目的です。イエス様の新しい掟は、「互いに愛し合い、赦しあいなさい」です。
【 祈 り 】 父なる御神。今日は11月の第二の聖研・祈祷会心から感謝します。コロナ・パンデミックに襲われ、そしてまたロシアのウクライナ侵攻を体験して驚きました。そして今は大変な時代です。そのような切迫した時代の最中で、今日は「世の終わりが近づいている!」。目を覚ましていなさい。と語られます。何をしたら良いのでしょうか?身を慎んで、祈りなさい。お互いの愛を熱く保ちなさい。賜物を用いて仕えなさい。すべてのことについてキリストイエスによって神があがめられるためです。栄光と力が神にありますように!ハレルヤ、主イエスの御名によって祈ります。アーメン
