11月20日「感謝、感謝、感謝!」
聖書:コロサイ3:15~17
説教者:深谷春男牧師
今日は、収穫感謝礼拝です。皆さんと共に、この一年間の歩みの中で、神様
から多くの恵みを頂いたことを心から感謝する、感謝の礼拝を捧げたいと思
います。吉川で9年間牧会をしましたが、そこにいたときは、お隣に、ヘブル語の安田先生の教会がありまして、そこにはアフリカからこられた多くの方が礼拝に参加しておられました。アフリカでは、特に11月第三礼拝は「収穫感謝礼拝」で、農産物が、礼拝堂の真ん中にたくさん献げて感謝をするのだそうです。この日の夕方には、その教会の感謝にささげられた、野菜や果物が、山のように吉川教会にもお裾分けを頂き、驚いたことでした。1年の労苦の収穫が終わり、神様に、心から感謝を献げるのは、とても大切なときであろうかと思います。
新宿西教会では、収穫感謝礼拝と言っても、農産物を持ち寄るわけではありませんが、1年の歩みを振り返り、神様に心からなる感謝を献げる恵みの時としたいと思います。
来週は、アドベント礼拝で、教会の暦で言うと、一年間の出発と言うことに
なります。今日は、教会の暦で言えば1年の終わりです。この1年を「感謝、感謝、感謝」の説教で締めくくれるのは、すばらしい事ですね。
【 テキストの概略 】
さて、「収穫感謝礼拝」にふさわしい言葉は、一体どこかな・・・?と思って、主に祈っていたときに示されたのが、今日の聖書箇所でした。ここは実に神様の恵みに満たされた、人生そのものの感謝の集大成のような箇所ですね。
かつて、宇都宮上町教会の国吉伊三郎先生をお招きして、特別伝道礼拝をしたことがありました。90歳を越えておられた信仰のベテランの先生。何を語られるか、興味津々でした。そのとき、国吉先生は今日の聖書箇所、コロサイ書3:12―17を引かれまして、ここからメッセージをされました。短いお話でしたが、大変、印象深いメッセージでした。
試練の中にあったある姉妹は、そのしばらく後、この箇所はすばらしいと、
毎朝の暗唱聖句として選んで、この箇所を暗唱しておられました。
コロサイ書とエペソ書は大変似ています。エペソ書は「教会」を中心に救いとは何かということが描かれています。また、コロサイ書は「キリスト」とはどのようなお方かということが中心的な主題として描かれております。「内住のキリストこそ神の奥義であり、栄光の望みである」と記されており、キリストを宿して歩む人生の豊かさが証しされております。その中でも、今日、お読みいただきましたコロサイ書の3:12―17は、主イエスの十字架によって罪赦され、神の子とされ、その愛の豊かさと恵みに満ちて歩む生涯が美しく描かれているところです。それは、「キリストにある恵みの人生!」とでも表現しましょうか、主にある潔い信仰の典型的な聖句と言っても良いところだと思います。十字架の贖罪の赦しを中心に、赦しあう歩み、聖霊の愛、主にある平和、キリストにある共同体。キリストの御言葉、聖霊による賛美、神への感謝。あらゆる良き内容が集中しています。
その中でも、今日は、「感謝」の3連発の聖書箇所が与えられています。
15節 キリストの平和が心と、教会を支配するようにせよ。 主に感謝せよ。
16節 キリストの言葉によって互いに導かれよ。讃美しつつ 主に感謝せよ。
17節 何を話すにも行うにもイエスの名によって行い、父なる神に感謝せよ。
【メッセージのポイント】
1)15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。あなたがたが召されて一体となったのは、このためでもある。いつも感謝していなさい。 (15節)
⇒ 感謝せよ。 キリストの平和と教会の交わりの中で!
パウロはここで、まず、キリストの平和があなた方の心を支配するようにしなさい、と語っています。この平和に与らせるために、わたしたちは教会に招かれたのだと語ります。
キリストの平和と教会の交わりの中にある平和!
数年前に、東日本大震災の被災地、気仙沼から、気仙沼第一バプテスト教会の峰岸浩先生から、「一生感謝」という御本が送られてきました、その中に、オプラ・ウィンフリーのことが書いてありました。
世界132カ国、1億4000万人の視聴者に笑い涙を与えるトーク・ショウーの女王、オプラ・ウィンフリーのこの番組はエイミー賞を30回も受け、アカデミー・オブ・TVの栄誉も受けた。オプラは今や多くの人々に生きる勇気をふりまくスターですが、彼女の生涯は決して平坦ではなかった。彼女の母親はとても貧しく未婚の中で彼女を生みました。彼女は祖母に育てられ、叔父から性的暴力を受けて14歳で出産。子供は一週間で亡くなり、絶望の中で彼女は麻薬に逃げて、地獄のような日々を過ごした。その彼女に転機が来た。実の父親が現れた。この父はキリスト教信仰によってまったく変えられたクリスチャンとなっていた。この父が、彼女に毎週、聖書を読み、聖句を暗唱する信仰の道を教えてくれた。19歳でTV局に入社し、多くの試練を経験しながらも、さまざまな困難や試練を乗り越えて、今や、信仰に輝く証し人となっている。彼女の信仰は、いつも神さまに感謝すること。彼女はどんなに忙しくて5つの感謝を日記につけるのだそうだ。難しくなくてよい。
1)今日は気持ちよく目覚めた。
2)まぶしい、青い空、感謝します。
3)ランチのスパゲッティがおいしかった!
4)腹立たしいことをした同僚に怒らなかった忍耐に感謝。
5)今日、よい本を読みました。著者に感謝。
主イエス様の救いを経験した心に、キリストによる平安と平和。そして主にある教会の交わり。その中で、感謝を捧げつつ歩みなさいと聖書は語ります。
2)16 キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして、知恵をつくして互に教えまた訓戒し、詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい。 (16節)
⇒ 感謝せよ。 御言葉と賛美の満たし中で!
ここには更に感謝の内容が深まっています。キリストの言葉があなた方の内で豊かに宿るようにしなさい、と教えられています。
クリスチャン生涯は、主イエス様と共に歩む生涯です。それは、「臨在と御言葉」に生かされて歩み始める生涯です。この言葉は、元、ホーリネスの群の委員長だった八束潤一先生の最後の説教題でした。先生の危篤の報を聞き、鳥取県の米子まで飛行機で行きましたが、到着した時には、先生はすでに召されておりました。その玄関口に、日曜日の案内看板があり、「キリストの言葉を豊かに宿す」という説教題が書いてありました。忘れることができません。
キングスガーデンの説教で「オイダメン(ぼく知ってるもん)」の説教をしてきました。神御自身の「救いの計画」を知っている事が救いですね。「わたしは知っている」は、ヨブ記19:25やエレミヤ29:11でも告白されています。
神学生達と共に持ったフィールドワークでも、中島聡先生が名言を残して行ってくださいました。「賛美する教会になりましょう!賛美する時にわたしたちはいやなことや争いごとを忘れて主に向かうのです」。ある教会の説教でも聞いたことがあります。「夫婦げんかになりそうな時は、一緒に賛美をしましょう!」。賛美しながら喧嘩はできないように、主は賛美を与えて下さった!
3)17 そして、あなたのすることはすべて言葉によるとわざによるとを問わず、いっさい主イエスの名によってなし、彼によって父なる神に感謝しなさい。
⇒ 感謝せよ。 愛の言葉と行いの中で! (17節)
わたしどもクリスチャンは、「主イエスの名のもとに」すべてのことを成してゆきます。何を話すにしても、何を行うにしても、主イエスの名によって、父なる神に感謝しなさいと勧められています。
今日の、第三の主題は、「感謝せよ!愛の言葉と行いの中で!」です。
11月の終わりになると、「バックストン記念聖会」が渋谷教会で開催されます。先生の言葉に「憂いしめざる臨在」という言葉があります。これは「聖霊を悲しませてはいけない」という、霊的な恵みの生涯を示す言葉です。
1890年11月24日、英国から主イエスの恵みの福音を携えてきた30歳の青年宣教師、B.F.バックストン。彼は神戸港に着いた時に、深い感動を受け、日本のために熱き祈りをささげられました。先生の働きは島根県の松江を中心になされ、バックストンの影響を受けた人々は「松江バンド」と呼ばれます。宣教師嫌いの内村鑑三が、BFバックストンに関しては「彼は聖霊の器、人類の花だ」とまで絶賛した恵みの器です。若枝教会の飯塚俊雄牧師はある年の聖化大会で、バックストン先生の信仰を次のように紹介されました。「バックストン先生の信仰は、十字架による罪のあがないと聖霊によるきよめの信仰です。3つのポイントがあります。第1は主への絶対信頼。すべてにおいて我が意は十字架につけられ、主のみ旨のみが最優先。第2は聖霊を憂えしめざる臨在の中に生きる生涯。主との交わりにおいて聖霊を憂いさせない細やかな心づかいを持って生きる。第3は常に毅然として生きる。4人の御子息は世界大戦で3人まで戦死。晩年は奥様も脳軟化を病んだ。しかし、悲痛な試練の中にも一貫して“I am so happy”と告白した。」1メートル96センチの長身だった彼が、「聖霊を受けよ!」と迫るさまは聖なる畏れ(ヌミノーゼ)を感じるほどのものであったと渡辺善太先生はその思い出を語りました。わたしは特に20代の終わり青年宣教大会の際に、「憂えしめざる臨在」という内容を大川牧師から聞いて深い感動をしたことを思い起こしつつ、バックストン先生のように歩みたいと切に思いました。
さあ愛する兄弟姉妹。この礼拝から、「感謝の一週間を始めましょう!」
【祈り】 天の父なる神よ!今朝は、収穫感謝礼拝を感謝します。今日は先輩方の生涯を覚えつつ、「感謝について」学びました。わたしたちを感謝するものとして下さい。今日の御言葉のように、われらの心にキリストの平和と教会の交わりの中で感謝できるよう導いて下さい。心に聖書の御言葉を豊かに蓄え、賛美の中で感謝する者とならせてください。何を話すにせよ、何を行動するにせよ、深い感謝の中を歩ませてください。この一週間、あなたに感謝をささげ、あなたが与えてくださったすべての方々、すべての出来事に感謝できるものとならせてください。すべての感謝の源なる主イエスの御名によって。アーメン
