12章5節までを前回見ました。バルナバとパウロがアンテオケ教会から、援助を持って行ったエルサレム教会は、嵐の中で、大変な状況だったことを見ました。迫害の手が王から及んで、12使徒のうちのヤコブが殺され、ペテロが捕えられていました。
私も改めてその事を認識して、バルナバもパウロもびっくりしただろと思いました。援助を届けに来た教会は、大変な迫害の中にあったのです。
ここで、前回お話ししなかったことをお伝えします。当時は、乗り物はほとんどなく、徒歩でした。今ですと、地震があったと聞いたら、直ぐに物資を車に積んで行くでしょう。道が寸断されていたら、ヘリコプターとかです。人間が荷物を担いで運ぶのは、大変な労苦です。お金だとしても、銀行に預けて、向こうで出してもらうなど絶対ありません。紙幣ではなく、重い硬貨を担いで、強盗などの危険を承知で行かなければなりませんでした。教会は神の家族だからこそ、個々の教会を越えた働きでした。そうしてやっと着いたエルサレム教会は、迫害の嵐で、熱心な祈りが捧げられていました。きっとバルナバも、パウロもこの祈りの中に加わったと思われます。
その結果が今日開いた聖書に書かれています。
【聖書箇所の概説】
6節 ヘロデ王が翌日引き出そうとした夜、ペテロは眠っていた。
7-11節 天使がペテロを獄から連れ出した。
12節 マルコ、ヨハネの母マリヤの家で大勢の人が祈っていた。
【メッセージのポイント】
1)ペテロは眠っていた。
6 ヘロデが彼を引き出そうとしていたその夜、ペテロは二重の鎖につながれ、ふたりの兵卒の間に置かれて眠っていた。番兵たちは戸口で獄を見張っていた。 6節
前回、ヘロデ王という当時の最高権力者が迫害の先頭に立ったことを見ました。最高権力者がクリスチャンを迫害する側に回ったことで、外側から見たら、とても勝ち目はないと思えるような出来事でした。当時は、民主主義ではなく、権力者が思いのままに死刑にできる時代でした。
そして、いよいよ明日は民衆の前に引き出して殺そうとしていたその夜のできごとが本日の個所です。
ペテロは絶対逃げられないように、番兵たちの間に置かれ、二重の鎖でつながれ、4人一組の番兵が4組で交代して見張っていました。が、ペテロは眠っていました。
死を越えた命に生かされている信仰があっても、「明日は死ぬかもしれない」となった時、教会はどうなるだろう?クリスチャンは信仰を全うできるだろうか、など、思い煩ったら眠れなかったのではないでしょうか?でもペテロは眠っていました。
それは、ステパノが殉教した時も、ヤコブが切り殺された時も、訴えた人がヤコブの信仰の姿を見て、悔い改め、一緒に斬首された出来事にも、神様の業を見ていて、神様の御計画に信頼して委ねきった姿だったのでしょう。
先週は深谷牧師が「超勝利」が与えられているクリスチャンのメッセージを取り次いでくださいました。ペテロもこの信仰に生かされていたのでしょう。人間の策略を越えて神様は勝利される。クリスチャンはここに生かされたく願います。神様に信頼し、ドーンと委ねてまいりましょう。
2)その家では大ぜいの人が集まって祈っていた。
12 ペテロはこうとわかってから、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に行った。その家には大ぜいの人が集まって祈っていた。
前回の5節でも教会では彼のために熱心な祈りが捧げられた。ことを学びました。彼らは、自分達も捕まるかもしれない危険の中で集り、教会によって彼のために熱烈な祈りが捧げられていた。(詳訳聖書)のでした。
この世の勢力がどんなに強力で、人が手だしできないと思う時でも、天は開いていることを前回も学びました。
先日の「日本伝道の幻を語る会」に金沢から、岡田仰先生が持って来られた、永倉義雄牧師の足跡「神に希望を」を読み始めました。永倉牧師は南京大虐殺のあった地に伝道に入り、500人の引揚者の隊長として引き上げてこられました。「使徒行伝のような教会を建てたい」と願って教会を建て上げました。その本の中で、使徒行伝の教会は祈る教会だった。と語っておられます。確かに、教会が誕生する直前から、心を合わせて祈っていました。その時も約束の聖霊様が一同に注がれ、教会が誕生したのでした。
たぶん今回の人々が集まって祈っていた家も、最初の聖霊降臨の時の家も同じ家ではないかと推測されています。マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家にと、わざわざ断っています。マルコのデビューです。この後、バルナバとパウロはマルコをアンテオケに同行し、伝道旅行にも一緒に行くようになりますが、この祈り会の席にバルナバも、パウロもマルコもいたのでしょう。この時の生ける神様の業の経験は、若いマルコに信仰を継承する確信となったことでしょう。後にマルコによる福音書を書きました。
そして、祈った内容を考えてみましょう。ただ「ペテロを助け出してください!」とだけ祈っていたのでしょうか?4章24節以下にペテロが釈放された時の教会の祈りが載っています。使 4:29 主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。でした。「もうこの迫害が終わりますように。犠牲者が出ませんように」ではなかったのでした。「ペテロを助け出してくださって感謝します。なお福音が語られ続け、前進しますように」でした。この時の祈りも「ペテロを助け出してください。それが、福音の前進となりますように」であったでしょう。
世界のことでも、教会の課題でも、個人の課題でも、つい見えるところの条件を優先して話し合ったり、方策、対策を考えがちです。でも私達は神の民です。まず神様に心を合わせて、宣教の前進のために祈ろうではありませんか。使徒行伝の教会は、事ある毎に御業の前進のために祈りました。
3) それがひとりでに開いた
彼らは第一、第二の衛所を通りすぎて、町に抜ける鉄門のところに来ると、それがひとりでに開いたので、そこを出て一つの通路に進んだとたんに、御使は彼を離れ去った。 10節
へブル人への手紙1:14には、 御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか。と書かれています。この時ペテロは天使に導かれて、獄から連れ出されました。天使が兵卒と剣で戦ったとか、目つぶしを投げたとか、なにもしていません。すっすっと通り抜けて、最後に町に抜ける鉄門に来ると、自動ドアなどない時代でしたが、ひとりでに開いたのでした。祈りの答えでした。
ピリポがガザでエチオピアの宦官に洗礼を授けた後も、使 8:39 ふたりが水から上がると、主の霊がピリポをさらって行ったので、宦官はもう彼を見ることができなかった。宦官はよろこびながら旅をつづけた。40 その後、ピリポはアゾトに姿をあらわして、町々をめぐり歩き、いたるところで福音を宣べ伝えて、ついにカイザリヤに着いた。とワープした出来事が書かれています。現代科学でもできないことが起ったのでした。神様は全能です。祈ることがそのみ業を頂く道です。神様の御業を証しさせて頂きましょう。
小さな証ですが、私も頚椎損傷となった時、「星野富弘さん状態では舎監は無理、癒していただけませんか?」と祈って癒されました。「治る場合もあります」とのことで、その例だったかもしれません。今では忘れたようになって過ごしています。でも、神様が開いて下さったと信じています。
もう一つの開かれた証しを御紹介します。
「聖化」と言う機関紙に載った、寺東真也てらひがししんや先生の証しを御紹介します。
先生は、献身する前、会社に勤めていました。エレベーターの保守点検などの会社でした。大きな会社と合併して、危険が伴う仕事だからと、神棚が設置され、月に一度安全祈願する命令が出ました。後ろに退いて神様にお祈りしていましたが、仲の良かった先輩がそれを咎め、「仕事と神様とどっちを選ぶねん!」「神様を選びます!」と叫び、答えて、それ以後人間関係がボロボロになりました。神様に真剣に祈りはじめ、正直な気持ち神様が敵を叩きのめしてくれるようなみ言葉が欲しくて、欲しくて、探したそうです。ところが正反対のみことばをくださったそうです。「あなたの隣人を自分のように愛しなさい。」マルコ12:31「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」マタイ5:31「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。ロマ 12:20-21そんなことできっこないと神様に怒りの祈りをしたそうです。その後、無理やりにでもやってやろうじゃないかと考え、あの手この手で先輩の機嫌を取ったり、無視される中、積極的に挨拶したりしたそうです。でも限界がきて、通勤電車の中で涙ながらに「もうだめです」と祈った時、「わたしの愛のうちにとどまりなさい」ヨハネ15:9との御言葉が光のように与えられました。神様が無茶振りして来たことに傲慢になって、やってやろうじゃないかと応えたけれども、わたしの中には愛の「あ」の字もなかったことに気付かされ、すぐに悔い改め、主の愛で満たしてくださいと祈ったとき、神様の愛と平安で満たしてくださった。のでした。(状況は変わりませんがペテロの平安ですね)同時に献身のみ言葉が与えられ、牧師に相談すると「先輩との仲を回復させてくださった時、しなさい。それまで祈り続けなさい」との指導でした。無理だ。先輩の態度は日に日に悪くなっていたのでした。ところがある日、肩をポンとたたいて「元気か?」と声をかけ、元の先輩に戻ったのでした。それどころか更に仲良くなって、献身の為会社を辞めると言った時も応援してやって欲しいととりなしてくれたのでした。
後に恐る恐る、なぜ変わったのか尋ねたそうです。しかし本人は「分からない」との答えでした。み言葉に従い、先生が祈った時、道が開かれました。祈り 神様、絶対無理、と思われるペテロの救出でした。しかし、御業の前進の為に、祈りが応えられて獄から出られました。つい見えるところで対処し行動し易い私達ですが、まず祈ることから始めさせてください。この教会のピンチの時も祈り会がもたれて道が開かれたと聞いています。今もどうぞ。
