皆さん、お祈りありがとうございました!先週、8月26,27日に持たれました「第70回・こころの友伝道全国大会in鹿児島」が豊かな祝福に満たされました。台風十号の迫る鹿児島市での集会でした。参加者一同、恵まれて帰ってまいりました。出発の時に、今回の台風は大きいので、中止にしようかとの電話もちらほらありましたが、集会は決行しました。祈りは聞かれました~!この台風は予定より3日位遅れて、ゆっくり九州、本州へと向かいました。皆様の熱い祈りが聞かれました。でも、この台風は、大きいので、主よ、被害を最小限に留め、日本を守ってくださいと祈っております。
【聖書箇所の概説】
今日の聖書箇所は「中風のいやし」と言われる箇所です。主イエスの故郷カペナウムの町で、主イエスが話しておられたときに、多くの人が集い、部屋は満杯になりました。ある中風に苦しむ者を、友人たちは床に寝かしたまま、主イエスのもとに連れてきました。マルコ福音書2章の方では「2:4 ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。」と書いてあります。主イエスは彼らの信仰見て中風の者に「子よ、心安かれ。汝の罪赦されたり!」と罪のゆるしを宣言します。しかし、その場にいた律法学者の中に、「この男は神を冒涜している」と思う者がいました。イエスは、彼らの考えを見抜いて「なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。『あなたの罪はゆるされた』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらがたやすいか。「しかし、人の子が地上で罪をゆるす権威を持っていることがあなたがたにわかるために」と言い、そして、中風の人に、「起きよ、床を取り上げて、家に帰れ」と言われた。すると、彼は起き上がり、家に帰って行った。群衆はこれを見て恐れ、主イエスの権威に感動しました。
【メッセージのポイント】
1)2 すると、人々が中風の者を、床の上に寝かせたままでみもとに運んできた。イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」と言われた。(9:2)
⇒ 「みもと」へ 連れて行こう!
ここに「主イエスの所に」連れてこられたひとりの人がいます。彼は問題を持っていました。中風で歩けなかったのです。半身が麻痺していました。彼は動けなかったので、床のうえに乗せられて、主イエスのみ前へと運ばれてきたのです。この2節に次の内容が詰っています。
日本宣教150周年記念の集会で、山北宣久先生が、青山学院の講堂で話されました。この2節です。
- 人間はみな問題を持っています。
極端に言えば、みな「中風」なのです。半身不随なのです。正しいと思いつつその正しさを行えない、また、悪い事と思いつつそれに引かれて行く。自分で自分をどうすることもできず、自分の愚かさ、醜さに戸惑うのです。パウロは自分の内的な姿を告白しています。「15 わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。・・・24 わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。25 わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」。
- わたしたちはチームワークで、伝道しよう。
中風の方をねかせたの床を、四隅を4人でつかんで、その床を、主イエスのみもとへお連れする。このチームワーク伝道が教会の中でしっかり根付くように、愛の奉仕と信仰の祈りで、しっかりと奉仕したいですね。先日、大久保病院に入院中の長谷川兄を、3人で訪問してきました。彼は、涙を流して感謝していました
- 主イエスは彼らの信仰を見て、
この4人の友人たちも、中風で苦しむ病人も、主イエスにお会いすればどうにかなる。後の方で描かれる、「衣の裾にさわっただけで癒された女性のような、主の衣の裾にでさわれば癒される」との信仰をもって、御前に行く。その子どものような信仰を主は見ておられる。「汝の信仰、救う救えり!」
切実な自分の内側の内的戦いに、パウロはやがて主イエスを信じてあたらしい世界を見る事になりました。
④ 子よ、こころ安かれ、汝の罪赦されたり!
主イエスはこの中風の人に「あなたの病気は癒された」と語られたのではなく、「あなたの罪はゆるされた」と宣言されました。罪の問題が解決するとき、その人に新しいできごとが始まるのです。主の福音は実に「罪のゆるしの福音」なのです。
わたしどもの先輩達はこの言葉に励まされて、罪の赦しの宣言を受けました。本田弘慈師は伝道説教でこの言葉をよく語りました。エバンジェリストの有賀喜一師は、中村秀雄役員の個人伝道でこの言葉を受けて新しい生涯に入ったといいます。
アズベリ-神学校を創設したヘンリ-・クレ-・モリソン師は小さいころ農場で住んでいて、とてもワンパクだったそうです。ある時、彼はパチンコでお祖母ちゃんの大切にしていたあひるを打ち殺してしまいました。それをお姉ちゃんが見ていたそうです。ヘンリー君はお姉ちゃんがお祖母ちゃんに告げ口しないかと恐れていたそうです。その恐怖感におののくヘンリー君にお姉ちゃんは言いました。「ヘンリー!アヒルのことお祖母ちゃんには言わないよ。その代わり、ちょっとお手伝いお願いしていい?」「わかったよ。おねえちゃん。何でもするよ。」「じゃ、わたしのお当番のお掃除しといてくれる?」「いいよ」。「それから、おやつも大きい方・・・?」「いいよ、お姉ちゃん・・」ヘンリーはお姉ちゃんとの奴隷のようになりました。数日して、隠し続ける事に疲れたヘンリーは、おばあちゃんの部屋に行くなり「おばあちゃん、実は僕ね、あひるをパチンコで打っちゃったんだ。ゴメンナサイ!」「ヘンリ-、おばあちゃんはみんな知ってたんだよ。ヘンリ-が告白するのを祈って待っていたんだよ」。幼い時の罪のゆるしと告白の体験が、彼を偉大なる主の証し人と変えていったのでした。
2)5 あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。6 しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と言い、中風の者にむかって、「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。7 すると彼は起きあがり、家に帰って行った。(5~7節)
⇒ 起きよ、床を取り上げて家に帰れ!
主はここで宣言されました。罪のゆるしを本当に体験したものは、今まで横たわっていた床を担いで歩きだすということでした。人間の救いは罪を悔い改めて、父なる神のもとに帰ることなのです。もうすでに主イエスはあなたの罪の全てを背負ってあの十字架の上についてくださったのです。新しい人生があなたの前に今、プレゼントされているのです。特に健康は大事です。健康であること、これは病気をするとどんなに尊いことか解ります。仕事で腰をいためた方が祈祷会で証しをされました。「健康のありがたさが身にしみました。感謝します」。年配の兄弟姉妹が、証しの中でよくこのような証しをされます。聖書は「健康と化させられる人生」をたくさん語っています。「われは主にして汝を癒すものなり」は暗唱すべき聖句です。
【祈祷】主よ、十字架の血潮で罪を贖い、新生の恵み、救いの中を歩む者としてくださったことを感謝します。
罪赦され神の子となり、伝道の秋へと向かいましょう。ハレルヤ
