新宿西教会 成長感謝礼拝説教「雲の柱・火の柱」出エジプト記13:17~22深谷春男牧師 2024年11月10日

《新宿西教会成長感謝礼拝》 「雲の柱・火の柱」  2024,11,10

出エジプト記13:17~22                     深谷 牧師

 わたしたちの生涯を考えると人生には、回り道や曲がりくねった道を通る時があります。ちょうど、飛行機の窓から、アメリカやアジアの大陸を見ると、森や荒野に流れる川は、まっすぐにではなく蛇行しているものですね。

【今日の聖書箇所の概説】

さて、今日の聖書の出エジプト13章の記事は、イスラエルの民が、エジプトのパロのもとを脱出して、紅海を渡たる直前の記録ですね。20節を見ると、脱出した民は、スコテからエタムというところに移ったところでした。

【今日のメッセージのポイント】                                                                                                      

1)17節「 さて、パロが民を去らせた時、ペリシテびとの国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。民が戦いを見れば悔いてエジプトに帰るであろうと、神は思われたからである。」 

  ⇒ 人生は回り道をする

イスラエルの民がエジプトを脱出し、惨めな奴隷の生活から、自由と解放の道には闘いがあったことを知らねばならない。それは、脱出したイスラエルの民が、「そんな闘いは止めた!」と言うほどの厳しい試練の道だった。それは、「ペリシテ人の道」が近かったが、それは、強烈なペリシテ人との戦いの道で最初から、ゴリアテとの闘いのような道であった。それで神様は、比較的緩やかな、紅海にそう道を導かれた。神様のイスラエルの対する深い配慮をみることができる。

2)18節「神は紅海に沿う荒野の道に、民を回らされた。イスラエルの人々は武装してエジプトの国を出て、上った。19そのときモーセはヨセフの遺骸を携えていた。ヨセフが、「神は必ずあなたがたを顧みられるであろう。そのとき、あなたがたは、わたしの遺骸を携えて、ここから上って行かなければならない」と言って、イスラエルの人々に固く誓わせたからである。」

⇒ ヨセフの信仰を見よ! 主は必ず、顧みたもう!

ここにはヨセフについての描写があります。ヨセフの信仰は詩篇105:16~25にも記されますが、足枷、首枷をかけられたヨセフが苦難の中を歩み、イスラエル民の体験するであろう同じような試練、それに勝利する信仰をもって励ましたのであろうといわれます。どのような試練の中にあっても、摂理の神を信じる信仰を持ちたいものですね。特にこの中で「神は必ずあなたがたを顧みられる」という言葉が出てくる。この「顧みる」は、原語では「パーカード」という言葉で、神様の「顧みる」深い配慮を意味する言葉です。詩篇8篇4節では、「人は何者なのでこれをみ心にとめられる(ザーカール)のですか、人の子は何者なので、これを顧みられる(パーカード)のですか」と用いられています。主はあなたを愛をもって見ていて下さる方なのです。前に、ヨセフ物語は、「摂理と臨在」の神を信じる信仰であることを学びました。どのような試練の中にあっても、「摂理の臨在と愛顧の神」を信じつつ歩みましょう。ハレルヤ!

3)20節「こうして彼らは更にスコテから進んで、荒野の端にあるエタムに宿営した。21主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。22昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。

⇒ 昼は雲の柱、夜は火の柱に支えられ!神の臨在とともに歩め!

ここにはイスラエル民が主の臨在と共に歩んだことが記されます。雲の柱、火の柱は、神様の臨在を示す象徴です。昼は進みゆく先頭に、雲の柱が立ち、夜は火の柱が、イスラエルを守るように導かれました。これは不思議な出来事でした。新約風に言えば、聖霊なる神の臨在が、民の歩みの支えであり慰めでした。これは現代においても同じです。わたしたちは支えがあったという表現になろう。

今日も勝利の原点である、「摂理の神と臨在の神」と共に歩もう!主よ、導いて下さい!  ハレルヤ

しばらく前ですが、「アパルーム」という雑誌の中にブライアンさんという方の黙想が載っておりました。このような文章でした。

「仕事で飛行機に乗る時がよくあります。ある外国に行ったときに、飛行機の窓から地上を見たら、地上の川の流れは大きな川も小さな川も皆、曲がりくねっており、とても新鮮に感じました。なぜ地上の川は皆曲がりくねっており、まっすぐの川がないのか?」

その時のブライアンさんは、クリスチャンですので、すぐに、出エジプト記13章を思い起こしたそうです。

「出エジプトの時に、神様は、イスラエルの民を導かれた。エジプトから紅海を渡り、「乳と蜜の流れる地」、パレスチナの約束の地までの道は、最短ではなく曲がりくねり、そこには、遠回りと方向転換があった。直線距離ではない。「川の流れのように・・・・」。わたしたちの人生航路は、遠回りと方向転換の、曲がりくねる道なのだと悟りました。」

これを読んで、わたしも、自分の人生を振り返りました。確かに、わたしの人生も、曲がりくねっておりましたね。18歳で絵描きを目指したが、芸大受験を4回も落ちて、落胆自失。しかし、その間に、聖書を読み、教会に導かれ、主イエス様の愛と恵みに触れ、福音を信じ「洗礼」を受けて、強烈な「魂の救い」という人生の大転換を体験。人生最高の価値は、芸術の世界だ、という考えから、人間にとって、一番大切なことは、この福音をすべての人に伝えることだと知らされました。

「この世界を作られた真の神様がおられ、罪に落ちた人類のために、神の子キリストが十字架にかかってくださり、死を体験され、陰府(よみ)にまでくだり、死の門を打ち砕き、復活された。そして弟子たちに、全世界に出て行って、この勝利の福音を延べ伝えよと語られた。そして、主イエスは父のもとにお帰りになり、昇天の際に、「わたしは再び来る」と約束なされた。そして、父のもとから、聖霊なる神様を送られ、ペンテコステの出来事が起こった。今は、神様が教会の時代と、時を定めて、世界宣教時代となっている。やがてキリスト再臨の起こり、この世の終末、そして、神の手によるあたらしき天地の創造がなされる。」

こういうことで、最終的な決断は、神学校に入学し、牧師として献身の道を不思議な主の恵みの中を歩んできました。赤羽教会で31年間、吉川教会と東京聖書学校の舎監の働きへ。吉川で9年間。赤羽もすばらしかったが、吉川もすばらしい体験を多く経験した。そしてそれから、新宿歌舞伎町の教会へ。様々な戸惑いや不安もないわけではなかったが、それは神様の素晴らしい救いの計画、恩寵の満ちた摂理の導きでした。上から見ると、曲がりくねり、不思議な姿に見えるかも知れないが、それは神の芸術的な作品なのだろうと思います。最高の恵みの中で感謝に満ちて歩んでいます。ハレルヤ!

【 祈 り 】 主よ、あなたに導かれて歩む、贖いの道を感謝します。罪と死の呪いの生活、エジプトでの生活から贖われて、主イエスの罪の赦しの十字架に触れて「まさにそれは運命の転換の体験」でしたが、あなたの導きのままに、「雲の柱、火の柱」の見上げつつ、主よ、従ってまいります。今週も、あなたの導きのままに、時には回り道をするような遠回りをするような経験があっても、あなたの「十字架と復活と聖霊の満たし」、前に進まれる主イエスを見上げつつ、歩ませてください。御名によって祈ります。アーメン