先週は、べアンテ・ボーマン先生、ルリ子がいらしてくださり、「アドベント特別礼拝」において、「神の救出作戦」というメッセージを下さり、午後1:30からは、すばらしい「クリスマス・チェロ・コンサート」を開いてくださいました。わたしたちは、美歌子牧師も、わたくしも、コロナの陽性を宣言され、この素晴らしい祝宴に参加できませんでした。それでも、4階の牧師館から、午前中の子供礼拝、そして、べアンテ・ボーマン先生の導くアドベント礼拝、そして、午後のチェロ・コンサートを、現実に参加している以上に、リアルに参加して、大きな喜びを感じておりました。皆様の素晴らしい主にある愛と御奉仕に、深く感謝したことでした。
この朝、主はあなたにこう語られています。「恵まれた女よ、おめでとう。主があなたと共におられます」(ルカ1:28)。これは直訳では「よろこべ、愛されている者」の意味です。今から二千年前にガリラヤのナザレの村の静かな乙女に天使ガブリエルが語った言葉ですがあなたにもこう語られます。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と。
【今日の聖書箇所の概略】
今日与えられた聖書箇所は、処女マリヤに天使ガブリエルが、受胎告知をする場面です。詩人であり画家でもあったといわれるルカは主イエス誕生の恵みの物語を美しい一幅の絵画のように描いています。可憐な花の咲き乱れるナザレ(春の意)の村の清楚な乙女のもとに現われる天使。そしてその受胎告知を従順に受け入れるマリヤの姿にクリスチャン生涯の「聖寵満ち満てる」救いの到来を見る事が出来ると思います。
【メッセージのポイント】
1)、28 御使がマリヤのところに来て言った。「恵まれた女よ。おめでとう、主があなたと共におられます。」(28節)
⇒ よろこべ!愛されているものよ!
天使ガブリエルがマリヤに語りかけた言葉「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられます」は、今日、あなたにも語られています。「恵まれた方よ!おめでとう!」。これは祝福の言葉です。「おめでとう!」という言葉は「カイレ」という言葉で、もともとの意味は「喜べ」という言葉です。「喜びなさい」と天使はマリヤに語ったのです。「恵まれた女よ!」これは「ケカリトメネー」と言う言葉で、「愛されている者よ」という意味だそうです。文語訳では「めでたし、恵まれし者」となっておりまして、クリスマスのたびに、恵まれた高齢の高山慶喜師が声を張り上げて語った懐かしい句です。「あなたは神から恵みを頂いた」(30節)と続きます。めぐみとは神の愛、神の恩寵の満ち充てる状態を意味する言葉です。主の救いに預かった経験を持つわたしどもにとって、これはわたしに語られた御言葉であると確信します。クリスマスのメッセージの第一は「神の聖なる恩寵の充満!」です。そして、それは神の圧倒的な介入、神ご自身の深い臨在からおこってくる、恩寵の充満の姿です。
わたしが今まで聞いた、一番感動的なクリスマスメッセージは、佐藤敏夫先生の聖書学校でのクリスマスメッセージでした。それは、このようなものです。
牧師であり神学者であった佐藤敏夫先生は20代のはじめ太平洋戦争で南方に派遣されるという体験をされました。ある日の夕方、厳しい軍事訓練の毎日で心身ともにへとへとに疲れ果てていた。その日も一日の厳しい訓練を経て、その後、上官の革靴を磨いていました。その時ふと、「あ、明日はもうクリスマスだ!」と思い出しました。緊張の毎日でクリスマスのことも忘れていたのでした。「明日はクリスマスだ。そうだ、主イエスがこの世に来てくださったのだ。」クリスチャンの彼には、クリスマスの意味がよくわかっていました。その時、今まで生きてゆくことの苦悩や不条理、悲しみや苦しみといったもので心がいっぱいだったのに、それらの越えて不思議な喜びが起こってきました。その「クリスマスの喜び」は、まさに魂の深みから起って来る、すべてをつつむ喜びでした。そして、敗戦。命かながら生き延びて日本に帰って来られました。戦後、平和な、豊かな時代がやってきました。神学校を卒業して、牧師となった彼は教会でクリスマスの礼拝と共に祝会も守るようになりました。しかし、楽しいクリスマスはしっくりゆかなかったと言います。「クリスマス、本当のクリスマスはこのように浮かれたものではない。南方で経験した苦しみの中で、絶望的な状況の中でのクリスマスだった。罪と死に支配されているかに見える人間の存在そのものを、もっとも深いところで支える深い喜びそのものであったあのクリスマスの告知・・・」。でも、楽しそうにしている子供たちや教会員の姿を見て、彼はこのように語ったと言います。
「魂の深みから湧き上がる喜びのクリスマス。楽しみさえもある、喜びのクリスマス」と。 神の愛と恵みの喜びのクリスマスを共に迎えましょう!
2)、30 すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。31 見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、33 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。(30―33節)
⇒ 主イエスこそまことの王!
クリスマスメッセージは更に続きます。あなたが身ごもって生む子供にイエスと名付けよ。「父ダビデの王座はその子に与えられている!」という宣言です。天使ガブリエルは、マリヤから生まれて来る幼子イエスこそ、「永遠にヤコブの家を治められるお方」なのだというのです。主イエスキリストこそは「王の王、主の主」(黙示録19:16)なのです。救いの力は主イエスにのみあるのです。その十字架にあり、復活にある!のです。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒4:12)。わたしどもも、この主イエスを、聖霊によって心の中に宿すのです。マリヤのように。
以前、サンデースクールの「みんなでクリスマス」で礼拝メッセージをしたことがあります。導かれた説教題は「本当のクリスマス」。主イエスがベツレヘムでお生まれになられたのがクリスマスであるけれども、本当のクリスマスは、わたしたちの心に主イエスが入ってくださること。キリストの御内住ですね。ベツレヘムの馬小屋の飼い葉おけのようなわたしどもの心の中に、神のみどり子が横たわってくださる。心を開いて、暗く冷たいわたしどものこころの中に、光なるお方、命なるお方をお迎えすることがクリスマスですね。
3)、34 そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。35 御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。36 あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。37 神には、なんでもできないことはありません」。38 そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
⇒ お言葉どおりこの身になりますように! (36―38節)
36、37節には、まず、神の全能の御力への告白があります。「神にできない
ことは何一つない。」これは何と言う力強い言葉でしょうか?クリスマスは全能の神の発現であると聖書は語っています。そして「あなたの親類のエリサベツも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている」と神の全能性の証明をしています。
ここにはまだ幼さの残る13,14才ぐらいであったろうと言われますが、マ
リヤの神への献身が表現されています。「おことばどおりにこの身になりますように」という告白はたいへん重い言葉だと思います。結婚をしないで子を宿すことは、姦淫を意味し、これは性的な潔癖を重んじる当時のユダヤ社会では、軽蔑と断罪と迫害を意味していたのです。ひどい場合は石打ちの刑です。マリアはそれをあえて受けました。ここにはそのような意味で、クリスマスのメッセージ「み言葉に従順であれ」という内容が示されております。神様に信頼を寄せて、献身の歩みをした女性は歴史上たくさんいました。
救世軍のキャサリン・ブース女史もそのひとりです。彼女は「わたしは今、ひとりの女性たるは、天使の長ガブリエルに勝るを知った」と語ったと言われますが、マリヤの従順は、信仰者の模範です。まさに信仰を持った女性は、その夫に、その子供に、その家系に、天使の長ガブリエルに勝る影響力を持つのです。お腹にいるときより、その子を愛し、祈りつつおっぱいを飲ませ、ひざに抱きつつ愛し、信仰の霊的影響力を持つことができるからです。
ウィリアムブースのお母さんは、ゆりかごを動かしながら、「ビルや、世界はあなたが出てくるのを待っているんだよ!」と祈ったと言います。
クリスマスは聖なる恩寵の充満の時です。「喜べ!」という天使の声が響きわたります。でも、人間の内にある不信仰や恐れ、戸惑いが喜ばしい響きを消してしまうのです。しかし、失望してはなりません。聖霊の力がわたしどもを覆うのです。全能の神を信じるのです。み言葉通りこの身に成りますようにと、み言葉の前にへり下るのです。その時、大きな喜びと賛美がわたしどもの心に、世界中に満ちるのです。「喜べ!愛されている者よ!」 ハレルヤ
【祈り】 全能の父なる神様。今日はアドベント第2主日の礼拝を感謝します。ルカ福音書の主イエスのマリヤの信仰を学びつつ、クリスマスを迎える備えをさせていただきました。どうぞ、わたしどもが、あなたから愛され、恵みと祝福を受けている者であることが良く分かりますように。また、真の王は主イエスご自身であることを今日もはっきりと理解し、旧約以来、待望された贖い主であり、罪と死の呪いから解放してくださるお方であることを悟らせてください。主に心を開いて、「わたしは主のはしため。お言葉どおりこの身になりますように」との祈りをさせてください。クリスマスの主、わたしどものために、ベツレヘムの馬小屋にまで降られた、主イエスの御名によって。アーメン
