クリスマスおめでとうございます。戦争とか、飢餓とか、病気とか、難しい
人間関係とか、憂うることの多い世界に、永遠の喜びが与えられているという
ことは、何という嬉しいことでしょう。 この大きな喜びの日が全世界の人々
の心に宿りますように!
本日はクリスマス礼拝です。もう一度クリスマスの恵みをいただいて立ち上がらせていただく時とされますように!
【メッセージのポイント】
1)1 そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。2 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。3 人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。 (1~3節)
⇒ 神御自身が人間の歴史に顕現された!
神御自身が、人間の世界に来て下さった!これが聖書の語る「救い」の原点です。神が人間の世界に介入された。人間の救いためにでした。
今日の聖書箇所は「全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。2 これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。」と時代設定がなされています。皇帝アウグストはBC.31-AD.14年在位のオクタビアヌスの事だそうです。クレニオという人物がシリヤの総督であった時、クリスマスのできごとは起こりました。クレニオがシリヤの総督だったときは、歴史的にははっきりしないそうですが、一時、軍事指導官として赴任したらしい証拠があると言われています。
当時、人口調査は14年ごとに行なわれていました。そうすると、多分、BC8年の人口調査ではないかと推定されるそうです。救い主である主イエスは、歴史上の方として生まれました。
聖書は人間の世界は問題で満ちていると語っています。創世記の3章から、人間は、罪と死の支配の中に生てきました。例えば旧約聖書の中のヨブを見てみましょう。家畜や財産が盗賊に襲われ、災害ですべてが消えてしまう。愛する息子や娘が皆死んでしまい、更に自分の肉体も病気に冒されて、絶望の中に置かれました。ヨブ記19:25では、ヨブは、「わたしを贖う方は生きておられ、この地上に来られる!わたしの願いは神御自身がこの世界に来て、あがなってくださることだ!」と語ります。まさに内村鑑三が旧約の中心と言ったこの箇所などは、神御自身が、わたしたちのこの歴史に来て下さり、罪と死の世界から解放されることを恋い焦がれつつ待つ姿が示されます。これは先週のマリヤの賛歌の第一の主題として歌われていることを見ました。
神御自身が歴史に介入し、絶望の世界に、真の希望が到来しました!
2)4 ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5 それは、すでに身重になっていた いいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。6 ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、7 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。 (4~20節)
⇒飼い葉おけのキリスト!
二番目の主題は、キリスト、神の子が来られたのはベツレヘムの馬小屋であったということです。場所はベツレヘム。二人の貧しい夫婦が人口調査のために生まれ故郷までやってきました。泊まるところが無くて、家畜小屋の片隅に宿泊しました。そこで赤ちゃんを出産したのです。王の王、主の主である方が家畜小屋で誕生されたのでした。しかもそこに最初のお祝いにやってきたのは貧しい羊飼いたちでした。彼らは天使のみ告げを受けて御子を拝みに来たのでした。羊飼い達はこの貧しくなられた王である「飼い葉桶の中の乳飲み子」を拝んで、喜びながら帰って行きました。まだどのように救いがもたらされるかは見えていなかったでしょうが。美しい星のふる夜の最初のクリスマスの出来ごとでした。
クリスマスメッセージは、悲しみと失意の中にあるものたちに与えられた「おおきな喜び」でした。ルカ福音書を描いたルカは、イエス様をいつでも小さい者、虐げられている者、貧しい者の味方であるイエス様を伝えています。羊飼いは当時、社会的には身分の低い存在として扱われていました。特に彼らは祭儀律法を一点一角までは守る事ができませんでした。彼らは手を洗う事やその他のこまごまとした規則を順守する事ができなかったのです。時にはお風呂にはいることもできませんでしたので、臭いがしたりしたのです。彼らは裁判の証言も許されませんでした。ですから、当時の正統的ユダヤ人からはくだらない人間と見られ、破門されていたようです。時はちょうど、ローマの強大な世界制覇のための徴兵徴税のための人口調査の時に、人口調査の対象にもならず、羊と共に野原に捨て置かれた疎外者だったのです。でも、主の誕生の時にまず、第1に天使から、そのお告げを受けて、礼拝に駆けつけたのは羊飼いでした。王の王、主の主なる方のお生まれが、馬小屋であり、飼い葉おけであり、最初に御子の誕生を示されたのが、当時、最も貧しいとされた羊飼いたちであったことは大変、重要なメッセージを込められています。「マリヤの賛歌」について学びましたが、それは「革命の歌」であるということでした。ルカはいつでも、小さいもの、虐げられている者、貧しいものの味方のイエス様を伝えています。クリスマスは天からの逆転劇です。「貧しいものは幸いである!悲しんでいる人は幸いである」と語られるイエス様の山上の説教は、クリスマスのメッセージでもあります。
3)8 さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。9 すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。10 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。12 あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。・・天使達が彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか」・・飼葉おけに寝かしてある幼な子を捜しあてた。(8-16節)。
⇒ クリスマスは「大きな喜び・すべての民に!」の告知
ここで、天使」について考えてみたいと思います。じつはここには「天使」という言葉が7回も繰り返されています(9、10、13、15、17、20、21節)。
天使がキリストの誕生を告げ知らせ、さらに天使に天の大群が加わり、神を賛美したというのです。7は聖書では完全数と言われています。天からの告知と讃美によって神様の完全なみ救いが訪れたと告げています。ここはまさに、人間世界の最も貧しい所にいた救いを必要とする羊飼いと、天的な世界の使者である輝く天使が、被造物の代表として現われたと言えます。
輝きに満ちた天の世界と、悲惨と問題に満ちた人間の世界。罪と死の暗黒の覆った人間の世界に、神は高き所から、今、降りたまいました。それは、神の独り子が、人間の罪と死の呪いを一身に受けて贖いとなりたもうたためでありました。10「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」長い間待ち望まれたメシヤがついにやってきた。彼は布にくるまって飼い葉おけに寝かされています。それがしるしでした。10節に「大きな喜びとあります」。「大きな」という言葉は「メガレー」というギリシャ語で「メガトン」とか「メガフォン」という時の「メガ」です。最大級の喜びが彼らの世界に突入したのでした。イエス様のお生まれは神の絶対的愛と絶対的勝利が訪れた喜びの日です。これは誰一人、例外なく与えられる喜びの突入でした。ハレルヤ! 今日の祝会で、「舌きり雀のクリスマス」をスライドで致します。しのちゃんるかちゃんの素晴らしい表現力をお楽しみにしててください。
舌を切ったおばあさん、お友達にいじわるした男の子、たった今人殺しをしてきた強盗が優しいイエス様に赦されます。しかし、こころのやさしいおじいさんは、赦される必要を感じませんでした。しかし、清いイエス様に示されると自分の姿に気がつき、イエス様にひざまづき赦されました。
深谷牧師も救われた時の感動をいつも証しています。
「19才のわたしは自分の生きる道を真剣に求めていたのでした。何度か、反戦のデモに加わったこともあります。けれども、何をしても心の平安が得られません。わたしのうちには深い罪意識があり、こころの最も深いところでは、罪のゆるしを求めていたのだと思います。洗礼を受ける日の朝、わたしは自分の魂に語りかけていました。「古い自分は今日で終わり、今日から新しい自分が生まれるんだ!覚悟はできているか?」と。クリスマス礼拝が始まり、牧師の説教が終わって、いよいよ、洗礼の時である。胸がどきどきしました。牧師に導かれるまま信仰の告白をし、その後洗礼を受けました。・・
夕方のキャンドルサービスの後、出席した一同が、一年の感謝をしました。市川先生が「深谷くんも証しをしな」とおっしゃるので、自分が主イエス様を知るようになった中学生の頃からの、かなり長いお証しをしました。最後に「昨日、月を見ていたら、イエス様がわたしを愛しているよ!って言ってくださってるようで、涙が止まりませんでした…」と言った時に、涙で声が詰まってしまいました。・・クリスマス祝会を終え、自分のアパートに帰るまで、わたしは、うれしくて、うれしくて、心の喜びを押さえ切れませんでした。町を歩きながら、賛美したり、横に歩いたり、後ろ向きになったり、飛び跳ねたりして帰って行きました。・・わたしの生涯は、この主イエスキリストとの出会いによって、まったく変えられてしまいました。数えるともう55年も前のことになりますが、昨日のことのように思い起こされます。牧師になって43年、最高の人生を歩ませていただきました。
有形無形、全ての罪をイエス様が引き受けてくださいます。
人間の世界では威力のある爆弾の開発に一生懸命ですが、人を殺す力です。
イエス様は十字架をになって人を解放し生かす最大級の喜びをくださいました。日々聖霊様を仰ぎ喜びに満たされて歩みましょう!ハレルヤ
【祈り】 全能の父なる神様。今日はクリスマスの聖日です。神様がこの世界に来て下さいました。しかも、ベツレヘムの馬小屋へ。十字架の救いを成就され、どのような人生の悩みにも、全ての人に生きる希望と喜びを満たして下さる!驚くべき、決定的な喜びと愛を私達の心に満たして下さいました。喜びの生涯を歩み続けさせてください。主イエスの御名によって。アーメン
