今日から皆様と「ピリピ人への手紙」をご一緒に読みたいと思っています。「ピリピ人への手紙」はわたしが19歳で洗礼を受けたころから大好きな書簡でした。19歳の時に主イエス様を信じて救いを経験し、恵みにあふれ、洗礼を受けたころ、その恵みは絶頂に達しておりました。お正月で田舎に帰った時に、どうしても父や母、そしてわたしは8番目の末っ子でしたので、7人の兄弟たちにこの福音を語らねばならないと思いました。主イエス様を信じて大きな平安や喜びを体験したことを父母に、兄弟方に語りました。でも、皆、とても冷たいのです。父はその時60歳ぐらいで、脳溢血で倒れておりましたので、わたしのことをそっと見ていたようでした。今考えれば、ある意味で父はわたしに期待していたと思いますが、当時は、激動の時でありました。心配をかけたな、と思います。母はわたしのいうことなど聞こうともしませんでした。一番上の兄も二番目の兄も、それぞれ40歳ぐらいで社会や家庭の中で安定した歩みをしていましたから、19歳の弟が浪人生活をして、教会に行って、魂の救いを得た!などということに貸す耳を持ちませんでした。
わたしのすぐ上の姉は、夫が仕事場で倒れて、そのまま亡くなってしまい、3人の子供を育てていた時で、わたしより10歳年上なので、29歳か30歳の時でした。わたしはこの姉に、福音を伝えようと思いました。でも何から伝えていいのか解りませんでした。手紙を書いて、「聖書を読むと良いですよ。」と書いた時に、聖書は難しい。分厚いのでどこをどう読んでいいのかわからないというような返事が来た時に、「ピリピ書から読んだらいい」と答えたことがありました。ピリピ書は短くて、わずか4章しかありません。しかし、そこには大変、素晴らしい信仰の内容が記されていることを書きました。
皆さん。ご一緒に「ピリピ人への手紙」を読んでみましょう。聖書の言葉に耳を傾けて行くと豊かな泉がわきあがり、慈愛の神が、わたしどもの人生そのものを豊かに潤し、恵みで満たしてくださると思います。
【今日の聖書箇所の概説と内容区分】
さて、今日は「ピリピ人への手紙」ですが、ピリピという地名は、使徒行伝16章に出てきます。そこには、パウロ先生のマケドニア伝道が記されています。マケドニアは現在のギリシャの北部です。使徒行伝16章はキリスト教の歴史の中では記念すべき章です。なぜなら、福音がヨーロッパに渡った記録が載っているからです。パウロは最初、アジアの方に伝道に行こうと計画したようですが、聖霊なる神はそれを許しませんでした。パウロはアジアの果て、トロアスまで導かれ、そこで、マケドニア人の幻を見て、ヘレスポント海峡を渡って、ギリシャの北部から伝道する事になりました。そのマケドニア宣教は、ピリピの町のから始まりました。ピリピの町はアレクサンダー大王の父親フィリップス2世の名前をとってそうなりましたが、その前はクレニデス(春、泉)と呼ばれていました。ヨーロッパの最初の宣教の町がピリピであったということは大変、象徴的です。この町は、きれいな春の花がそこかしこに咲き、いたるところに泉がわく町だったそうです。今、「春」と呼ばれたピリピの町に「福音の春」がやってきました。偶像礼拝と道徳的混沌の冬の世界が去り、キリストの愛と命の福音の春がやってきたのです。ヨーロッパの二千年に及ぶキリスト教の歴史はここに始まりました。わたしどもの生涯にも、クレニデス(春)の恵みが満ち溢れるよう、「ピリピ人への手紙」を読んでまいりましょう。
1890年から、島根県で伝道された、バックストン先生は、ピリピの町でパウロの伝道によって3種類の人が救われたと語られました。
まず、救われたのは、紫布商人のルデアという女性。彼女は紫布を扱う活発な女性で、パウロの説教を聞いて心を開いた、キャリア・ウーマンでした。
第二番目に救われた人は、悪霊に憑かれた女奴隷。パウロとシラスの後をつけて、「この人たちは神の僕だ!」などとうるさく言っていたのでパウロが「黙れ、この人から出て行け!」と祈ると彼女のうちから悪霊が出て行った。
第三番目の人たちは、ピリピの牢獄の官吏とその家族でした。そして有名な「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われます」という言葉が語られます。ビジネスウーマンも、悪霊つき奴隷も、ローマの公務員も、すべての人々に福音が入って行きました。
【メッセージのポイント】
1)1 キリスト・イエスの僕たち、パウロとテモテから、ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての聖徒たちならびに監督たちと執事たちへ。(1節)
⇒キリストイエスの僕として生きよう。
この手紙の最初の一句に、パウロの、そしてクリスチャンの人生観が現れます。「キリストイエスの僕として生きる」生涯だと告白しています。これはクリスチャンの自己認識です。主の僕という告白です。
パウロの生涯はどのような困難も、どのような試練をも乗り越えて歩んだ生涯でしたが、その生涯の恵みの秘訣は、創造者の御前にへり下り、僕として自分を差し出すこと、神の僕、使徒としての使命感に生きることでありました。
2017年に、マルチン・ルッターの宗教改革500年記念を迎えました。ルターの名著「キリスト者の自由」の冒頭にこう記されます。
「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも従属していない。キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、だれにも従属している。」
神の僕たるものは、全き自由を生きることになるのです。
多くの方が、このような、自由で、自分の意志で生き方を決定する、全き自由人と生きることに、誇りと生きがいを感じて生きる生涯に、近代人、現代人の基礎を見ています。神の前に、1個の人格としての尊厳と価値観をもって歩みたいと思いますね。
それと同時に、キリスト者は、主イエスの愛を知っていますから、この主イエスの愛を受けたものとして、今度はすべての人に仕える僕なのだ。誰にでも主イエスに仕えようとする愛をもって、仕える僕なのだと語ります。
クリスチャンとは、ルターによれば、すべてのものの上に立つ自由なる主人であり、同時に、すべてのものに僕として仕える僕なのですね。素晴らしい言葉であると思いました。
2)1 キリスト・イエスの僕たち、パウロとテモテから、ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての聖徒たちならびに監督たちと執事たちへ。(1節)
⇒ キリストイエスにあって生きよう!
ピリピ人への手紙は「喜びの手紙」と言われています。なぜなら、ピリピ書には「喜ぶ」が16回も記されているからです。
吉川の教会で、S神学生が「吉川ジョイフルナイト」で、話の初めの方で会衆に問いかけました。「皆さんの中で、いつも楽しい人いますか?」
彼は、だれも手を上げないと思っていたのでしょう。ところが、会衆に小学校一年生の藍ちゃんが「はい!」と勢いよく手を上げたのでびっくりしました。「でもね、藍ちゃん、皆、大きくなると、色んなことが起こってくるよ。会社の中でも、家庭の中でも・・。そこではいつも楽しい心でいることはできない
かもしれません。でもね、イエス様を心の中にお迎えする時、わたしたちは、 心の底から喜びが湧いてくるのですよ!」。この手紙には16回「喜びなさい」とありますが、実は17回記される言葉があるということは、先週やったので繰り返しません。それは「キリストにあって」という言葉です。
3)2 わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 (2節)
⇒ キリストにある恵みと平安に生きよう!
今日は説教題をこの2節から取りました。「父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように」。このあいさつは大変深いものがあると思います。
実は「恵み」という言葉は「カリス」という語で、ギリシャ人のあいさつの言葉でありました。「あなたに恵みがありますように」というのが、手紙などの最初や最後に記されたそうです。神様の豊かな祝福のこと、少し古い言葉で言いますと「恩寵」ということですね。世界中で一番多く歌われている讃美歌に「アメイジング・グレイス」(驚くばかりの恵み)というのがありますね。島校長が集会の時に言っておられました。聖書研究をしていた方々が6人、突然乱入した青年に殺害され、大変な悲劇が起こりました。アメリカ中の方々がこのような暴力的な出来事に心を痛めてお葬儀の時に、当時のオバマ大統領が「アメイズィング・グレイス」を静かに歌っておられたそうです。「恵みに満ちた父なる神様!」という祈りを忘れないで致しましょう。この愛の祈りが人々に、やすらぎと平安を与えます。
もう一つの「平安」もすばらしい言葉ですね。「平安がありますように」はユダヤ人のあいさつで、ヘブル語では「シャローム」と言います。心の内側に深い、命の充満を意味する言葉だといいます。神の命の平安が満ち満ちる姿がそこにあります。これは藤尾英二郎先生が、ヨハネ14:27の聖句を「石に綱」と覚えなさい。不安やおそれのある時は、キリストなる石に、信仰の綱を巻きながら、主の不思議な平安に支えられるのですよ!と語られました。
いつでも、父なる神と主イエスキリストから「恵みと平安」がやってきてわたしたちを満たすことを求めて行きたいと思います。わたしどもの主イエスキリストによってまことに「恵みと平安」がやってきたのです。 ハレルヤ
【祈り】恵みの主よ。この一週間も主の僕として、主にあって、恵みと平安のうちに歩み行かして下さい!いつも主にある最高の日々に歩ませてください。喜びで満たしてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン
