世界にはすばらしい祈りがあります。たとえば、次のようなものがあります。
神よ、 変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)
(アメリカの神学者、倫理学者1892-1971)がマサチューセッツ州西部の山村の小さな教会で1943年の夏に説教したときの祈りと言われます。)
ある修道院での食前の祈り
神よ、わたしたちに与えて下さい。
なくてならない二つのものを。
罪の赦しと日毎の糧を。 アーメン
今日はピリピ人への手紙の講解説教、4回目です。今日の聖書箇所は「パウロの典型的な祈り」です。名文なのでここに記しておきます。
9 わたしはこう祈る。あなたがたの愛が、深い知識において、するどい感覚において、いよいよ増し加わり、 10 それによって、あなたがたが、何が重要であるかを判別することができ、キリストの日に備えて、純真で責められるところのないものとなり、11 イエス・キリストによる義の実に満たされて、神の栄光とほまれとをあらわすに至るように。
【今日の聖書箇所の概説と内容区分】
ピリピ書1章は以下のようになっています。
1~ 2節 挨拶 「僕として」「主にあって」「恵みと平和」に生きる
3~ 8節 パウロのピリピ教会員への「感謝・喜び・愛の心」
9~11節 祈り(愛を増し給え、キリストの日の備え、御霊の実)
12~14節 パウロの投獄も福音の前進となった
15~18節 福音宣教の動機
19~21節 生きるはキリスト、死ぬるも益 ・・・
これらのどの箇所をとっても、深い信仰の味わいのある言葉で、わたしたちの信仰生涯を、深く考える導きとなります。
【メッセージのポイント】
1)9 わたしはこう祈る。あなたがたの愛が、深い知識において、するどい感覚において、いよいよ増し加わり。
⇒ 「愛(アガペー)」がますます豊かになるように!
パウロ先生はまず、「わたしはこう祈ります」と語り、ピリピ教会の兄弟姉妹のためにとりなしの祈りをしています。いつも祈っていたパウロの姿が浮かびます。それは8節の言葉から続いているようです。8節にはこのようにありました。「 わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。」。
「キリスト・イエスの愛の心で愛しています!」とは何という驚くべき言葉でしょうか?これは聖霊に満ち溢れたパウロ先生にして言える驚くべき言葉です。わたしは説教の準備の中で深く、悔い改めを示されました。この8節を受けて、パウロ先生の9~11節の今日の聖句が出てくるわけです。その内容は「あなた方の愛が豊かになるように!」という祈りでした。
日常の生活でわたしたちの祈りはどこに向けられているでしょうか?「主よ、今日も暑い一日になりそうですが、どうぞ、守ってください。」「また、~さんをどうぞ、救いに導いてください。家庭を祝して下さい」学生さんなら「今日のテストの時を守ってください。山をかけたところが出ますように!」などと祈ります。
しかしここでの祈りは、深い祈りですね。「わたしどもの愛が、豊かになるように」という祈りです。このような祈りはあまり多くありませんね。
わたしたちの愛が、豊かになるように!これがパウロ先生の祈りの第一の主題です。ある注解者は、当時の哲学者たちは、わたしたちの知恵が豊かになるように教えたが、その「知恵」の位置にパウロは「愛(アガペー)」を置いたというのです。
今日も皆さんと一緒に、「主よ、わたしのうちに、愛を、アガペーの愛を増し加えてください!」と切に祈り続けて行きましょう。
アガペーの愛をどのようにしたら、豊かに、増し加えることができるのでしょうか?何によって豊かになるのでしょうか?
口語訳では「深い知識」と「鋭い感覚」によってと続きます。新共同訳では「知る力」と「見抜く力」とを身に着けて、と訳されます。わたしたちの愛は「深い知識」と「鋭い感覚」とによって増し加えられるというのです。「深い知識」と「鋭い感覚」というのは、当時の用語で、「知恵」と「洞察力」を意味するというのです。聖書を読み進む中で増し加えられる「知恵」や、信仰生活、特に祈りの中で研ぎ澄まされて行く「洞察力」は、隣人を理解し、神の御旨を理解するのにどうしても必要なものなのだとパウロは語っているのです。
ここで意味することの一つは、キリストの身体を形成してゆくためには、愛(アガペー)が必要であり、そのアガペーは、聖書を読み体得した「深い知識」と、魂のために祈る中から与えられる「鋭い感覚」の必要性が語られていると言います。これは、まさに聖霊様の、「深い知識」と「鋭い感覚」ですね。
また、多くの学者は、これは異端的な教えがピリピ教会の中に入り込み、福音をゆがめて、異端的な理解、あるいは異教的な礼拝にピリピのクリスチャンを誘導する力への警告を語っているのだといいます。
幾つかの注解書には、愛を増してくださるようにと祈るパウロの背景は、ピリピの教会の愛の業が欠如していたのだと語ります。確かに2章や4章などにも意見の不一致や衝突を戒め、聖書の信仰に立って一致して進むようにと繰り返して教えています。
結論から言えば、パウロの祈りは「愛を深めて下さい」という祈りでした。愛する兄弟姉妹。わたしどもも、自分のために、また教会のために、愛を増してくださいと祈り合いましょう。神への愛と人への愛を、深い知識と鋭い感覚で研ぎ澄ましながら歩めるように祈りましょう。やさしい思いやりや豊かな愛の業へと結実するのです。愛こそ、全てを覆い、全てを結ぶ最強の力なのです。
2)10 それによって、あなたがたが、何が重要であるかを判別することができ、キリストの日に備えて、純真で責められるところのないものとなり、
⇒ キリストの日に備えて、とがめられることのないように!
この10節から、パウロ先生の第二の祈りの主題が出てきます。それは終末的な内容を持っております。「キリストの日に備えて」という一句です。
「キリストの日」とは主イエスが再臨する日のこと。主イエス様の再臨の日。「清い者、とがめられるところのない者」となるようにという祈りです。
パウロの手紙には、人生のゴールは、地上生涯を終えて、神の御前に立つ法廷に立つ、「キリストの日」にあります。パウロはその裁判の席で「善かつ忠なる僕、よくやった。わが花嫁よ!」と語られるその栄光の時にすべてをかけて人生を走り抜けて行きます。そのゴーを目指して、彼は走って行きます。
フィリピ4章5節では、「主は近い!(キュリオス エングース)」というわずか2語の言葉で、その信仰を言い表しております。主イエス様は距離的にも、時間的にも近くにおられるのです。
数年前のことになりますが、横浜の清水ヶ丘教会である副牧師就任式がありました。わたしは説教の中で、詩篇23:4「げに汝、われと共にいます」を語りつつ、「主は近い!」という言葉をプレゼントとして贈りました。再臨の主にお会いする時まで、忠実にその勤めを全う致しましょう。
3)11 イエス・キリストによる義の実に満たされて、神の栄光とほまれとをあらわすに至るように。
⇒ キリストの義の実、御霊の実を受けて!
ここでの3番目の祈りは、主イエスを信じて罪の赦しを受け、キリストの義を受けて、その義の実をつけ、神の栄光と誉をたたえつつ歩めというのです。「キリストにある義の実」と、ガラテヤ書5章の「御霊の実」はほぼ同じ内容を持っています。ガラテヤ5:19以下の通り。19 「肉の業」は明らかです。それは、不品行、汚れ、好色、20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、21 ねたみ、泥酔、酒宴、その他そのたぐいです。(15品目)・・・ 22 これに対して、「御霊の結ぶ実」は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、23 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。(9品目) ここには①キリストの十字架の贖いによって義とされた者の救い(義認)と、②救われて、その後、聖霊なる神様を内側に宿としていただき、実際に勝利の生涯を歩む信仰者の(聖化)の姿、がありますね。
このような祈りを自分の祈りとして、歩み続けたいですね。ハレルヤ。
【祈り】 恵みの主よ。新しい一週間の旅路、祈りの中に歩ませてください。わたしどもの生涯に、あなたのアガペーの愛を増してください。深い知識と鋭い感覚において、愛することを教えてください。あなたにお会いする人生のゴールをいつも明確に示してください。そしてキリストの義を受け、御霊の実を結び、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制の実を結んで、あなたの栄光を証しさせてください。主イエスの御名によって。アーメン
