新宿西教会主日礼拝説教「わたしは道であり、真理であり、命である」ヨハネ福音書14:1~6 深谷春男牧師 2025年8月24日

 さる8月16~19日(火)は、日本キリスト伝道会の能登地震救援キャラバンという恵みの時を持ち、能登の地域の羽咋、七浦聖書教会の光の子保育園、門前町の公民館で炊き出し交流会など、現地で大活躍の趙相先生を入れて9人で奉仕してきました。3泊4日の短時間の奉仕の中でしたが、現地におられる趙先生の導きの中で、現地の方々に、神の慰めを語り、共なる礼拝の時を持ち、会食やゲームなどで交わりの時を持ち、祈りの時を持ちました。わたしは羽咋聖書教会の永井先生の牧される教会の礼拝で説教をし、「たとい死の陰の谷を歩むとも災いを恐れじ、汝共にいます」のメッセージ。キャラバン隊の兄弟姉妹も朝から晩まで奉仕され、体調を崩した隊員もありましたが、守られて帰ってきました。お祈りを感謝します。さて今日はヨハネ14:6を学びます。

【今日の聖書箇所の概略】

  今日の聖書箇所は、主イエス様の最後の晩餐でのお言葉です。この時は、

とても、試練の黒雲が、最後の晩餐の空気を重苦しくおおっているような状況

でした。主イエス様も、十字架にかかられる前日で緊張もあったでしょうし、

イスカリオテのユダが主イエス様を裏切るために出て行き、更に、最後まで

「わたしはついて行きます」と言ったペテロにも、「あなたはわたしの行くと

ころに来ることはできない」と言われ、弟子たちも不安や恐れが満ちていたと

きであろうと思われます。その時、主イエスは弟子たちに言われました。

「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。2 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。・・・あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。・・・・ 略 ・・・・6 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

【メッセージのポイント】

1)1a  「あなたがたは、心を騒がせないがよい。」

⇒ 心を騒がせるな!

主イエス様は、このユダの裏切りのこと、ペテロへの言葉、三度主イエスを知らないと言うなどの言葉を語られました。聞いていた弟子たちは、聞いて、「これからどうなるのだろう」との不安と恐れにとらわれていたに相違なかったのです。その時に、言われた言葉が、今日、まず第一に取り上げてみたい御言葉「心を騒がせないがよい」であります。

実は、このヨハネによる福音書では「心を騒がせる」と言う言葉がしばしば語られてきました。その中でも、主イエス様が三度、「心を騒がせた」と語ります。第一は、11:33です。愛するラザロが、死の力によって奪い去られた時に、主イエスは、「心を騒がせ」ました。第二は12:27です。一粒の麦が死んで豊かな実を結ぶと語られた時です。第三に、13:21で、サタンがイスカリオテのユダに主イエスを裏切る思いを入れた時に、やはり「心が騒いだ」と記してあります。

わたしも、数年前のイースターの朝にこの所を話しました。吉川教会の最後(2018年3月)は忙しくて健康診断に行けず、新宿西教会から招かれて、一年間はあわただしく、3年近く、健康診断に行けませんでした。そして2020年、この年は、やはり受けておこうと病院に行きましたら、バリウムの結果で引っ掛かり、「精密検査を受けてみてください」と言われたのです。「胃に影のようなものがあります。がんでなければよいのですが・・。胃カメラを飲んで、精密検査をしてみましょう。」わたしは、今までこのようなことを言われたことがありませんので、とても、不安を覚えました。「大したことはありませんよ」とお医者さんは言われましたが、よく眠れない日が続きました。2020年4月8日に、胃カメラを飲んで精密検査をしていただきました。その結果は、「大丈夫のようです。胃が少し荒れています。ピロリ菌の除去などをしておきましょうか?」

家族や教会の方々に祈っていただき、本当に感謝をささげました。

「恐れるな。わたしはあなたと共にいる!」との御言葉が支えでした。

2)1b 神を信じ、またわたしを信じなさい。

  ⇒ 神を信じ、主イエスを信じなさい!

 「これから自分たちはどうなるのだろうか?」と心配して、心揺れ動く弟子たちに、主イエスは語られました。「神を信じ、またわたしを信じなさい!」これはまた何という、力強いお言葉でしょうか?不安や恐れにとらわれる時には、「神を信じ、主イエスを信じるのだ」と語られたのでした。

わたしはすぐに、「神を信じる信仰‼」。旧約聖書の信仰者の言葉を思い出しました。特に詩編の言葉などが、次ぎ次ぎと脳裏に浮かびました。

詩篇23篇 主はわが牧者乏しき事なし。死の陰を歩むとも災いを恐れじ。

詩篇27篇 主はわが光、わが救いの砦。わたしに恐れはありません。

詩篇46篇 神はわれらの避け所、また力。いと近き助け!

詩編62篇 民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。その御前にあなた方の心を注ぎだせ。神はわれらの避け所。

詩篇103篇 我らの罪を赦し、我らの病をいやし、命を墓から贖いだし・・

何と、聖書は全能神への信仰の言葉に満ちていることでしょう!ハレルヤ

以前、礼拝説教でロマ書3:2を語りましたが、聖書の言葉はすばらしいですね。「ユダヤ人の優れている点は幾つもあるがその第一は、神の言葉が与えられていること」神を信じ主イエスへの信仰の大切さが語られます。

「主は善にして善を行われる」詩篇119:68

「主は近い。何事も思い煩うな。事ごとに感謝をもって・」ピリピ4:4~7

「恐れるな.わたしはあなたと共にいる。驚くな、わたしはあなたの神である」イザヤ41:10

どんな暗黒の中にあっても、神の言葉が、唯一の光であり慰め。アーメン

ここではさらに、主イエスへの信仰も語られています。

「神を信じ、わたしを信じなさい!」  ヨハネ14:1

「主イエス様!あなたを信じます。」   マタイ16:16

わたしは、この個所を読むときに、滝元明先生が特別伝道会で語られた体験を思い起こします。幼い小学生のみち子ちゃんが夜中に大声で泣き出した。驚いた滝元先生が、「みっちゃん、どうしたの?」と聞くと、「お父さんが死んじゃった!死んじゃった!!」と泣いていたというのです。滝元先生はみち子ちゃんの手をぎゅっと握り、「みっちゃん!お父さんは生きているよ!」と話したら、みち子ちゃんは、お父さんをしっかりと見つめ、にこっとして、またぐっすりと眠りについた。という体験でした。

3) 2 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。3 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。

  ⇒ 父の家には住まいがたくさんある!

皆さん、主イエスは天に上り、わたしどもの「住む場所」を用意しに行かれ

ました。「住む場所」は、KJV(欽定訳)ではここをマンションと訳しました。ラテン語のブルガダ訳が「マンショーネ」と訳されていたからです。キリストはわたしたちのために、マンション(!)を用意しておられるのです。

4)6 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

⇒ 主イエスこそ、道、真理、命 !

更に、ここには、主イエスの有名な言葉が記されます。主イエスこそ天の父の恵み世界に導く、唯一の道であり、だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と語られました。

主イエスこそ「道」である。

 「道」と聞いて、すぐに思い浮かべるのは三浦綾子さんの「道ありき」という小説ですね。

   17歳で、小学校教員となり、昭和20年の敗戦。それから、結核を発病。そして脊椎カリエスで、13年間苦しむ。短歌の会を通じて、前川正さんに出会い、信仰へと導かれる。前川さんは若くして、結核でなくなる。その後に、三浦光代さんに出会って結婚。

  「道」は、旧約聖書でも繰り返して出てくる。詩篇25篇など。

     また日本人の感覚では、その道を究める時に、剣道、柔道、華道、茶道・・・・。等使用する。「クリスチャン生涯はキリスト道」か?「この道のもの」・・・とも呼ばれる。

主イエスこそ「真理」である。

   キリストは「真理(アレーセイア)」であると言われる。

   ポンテオ・ピラトの主イエスへの質問。これは主イエスが十字架にかかる前に、ピラトが問う。「真理とは何か?」ヨハネ18:36,37。

主イエスこそ「命」である。

   「命」はいったい何なのか? ヨハネ17:3。

昔、わたしが神学校を卒業して伝道者になったころに、淀橋教会でケズイック・コンベンションで、村上宣道先生が話をされ、3日間の特別集会のチラシ。「道」、「真理」、「命」だった。

涙の谷のような人生。自分の愚かさを呪い、この世の冷酷さ、人生の不条理と虚無を呪う人生から、神の子供として、感謝と喜びに生きる人生が始まるのです。主イエスを心にお迎えする時、9回裏ツーアウトからの逆転満塁ホームランのような人生が始まります。罪と死に涙する悲しみに人生から、赦しと命の救いに与り、キリストの花嫁として歩みが始まるのですから。ハレルヤ!

三室泰平さん、内村鑑三先生、湯沢七重先生、滝元明先生、藤井武先生、小渕しず姉など天国凱旋の先輩たちの勝利の笑顔が浮かんできます。

 皆さん。神様と和解し、神様の永遠の命を頂いて復活の人生を歩みましょう。

【祈祷】父なる御神。ヨハネ14:6を感謝します。時として罪と死の支配する、涙の谷を通るわたしどもですが、あなたの復活の命を受け入れ、恵みのうちに生きる者としてください。道であり、真理であり、命なる神よ。どうぞ、この一週間を、あなたと共に歩ませてください。御名によって祈ります。アーメン