新宿西教会主日礼拝説教「ヨーロッパに春が来た!」使徒16:25~34 深谷春男牧師 2026年2月8日

                                          

神様はこの地上に命を送る際に、夫婦、そして家族という単位で、愛をもって育てるようにと、不思議な計画をされました。さてわたし達は1978年5月3日、結婚式をあげました。その時、司式の小出忍先生が「天国を見たければ愛し合う家族を見なさい。地獄を見たければ憎しみ合う夫婦を見なさい」というマルチン・ルターの言葉を語って下さいました。わたしは地獄のメッセージで結婚生活を始めました。あれから約48年の年月が経ちました。

【聖書個所の概説】

さて、今日の聖書箇所、使徒行伝16章はキリスト教の歴史の中では記念すべき章です。なぜなら、福音が初めてヨーロッパに渡った記録が載っているからです。パウロは最初、アジアの方に伝道に行こうと計画したようですが、聖霊なる神はそれを許しませんでした。パウロはアジアの果て、トロアスまで導かれ、そこで、マケドニア人の幻を見て、ヘレスポント海峡を渡って、ギリシャの北部・マケドニアからその宣教を始め、ピリピの町に福音を伝えました。ピリピの町はアレクサンダー大王の父親フィリップス2世の名前をとってそう名付けられましたが、その前はクレニデス(春、泉)と町の名前でした。ヨーロッパの最初の宣教の町がピリピであったということは大変、象徴的です。この町は、きれいな春の花がそこかしこに咲き、いたるところに泉がわく町だったそうです。今、春と呼ばれたピリピの町に福音の春がやってきました。偶像礼拝と道徳的混沌と憎しみの冬の世界が去り、キリストの愛と命と赦しの福音の春がやってきました。ヨーロッパの二千年に及ぶキリスト教の歴史はここに始まります。しかも、ここには聖書の信仰の三大特徴が記されています。それは二千年の教会の信仰の姿勢に思えてなりません。

【メッセージのポイント】

1)25 真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。 (25節)

⇒ 試練の時こそ、主に祈り、賛美せよ!            まず第一に、「真夜中の祈りと賛美と」という言葉に注目しましょう。この聖句はわたしどもクリスチャンへの永遠の模範であります。

パウロとシラスは真夜中に賛美しておりました。そこはピリピの牢獄です。真っ暗な世界で、彼らは静かに賛美を始めたのです。前の部分を読むと、彼らは何も悪いことをしたわけではない、哀れな占いの悪霊につかれた奴隷の少女を助けたために、鞭打たれ、牢獄に入れられたのでした。背中はムチで打たれてズタズタに皮膚は裂け、血だらけで、はれあがり、寝ることもできなかったのであろうと思います。彼らはその苦しみのさなかに、賛美をはじめました。このできごとはキリスト教の歴史の縮図です。教会は迫害の中で、苦しみの中で、暗やみの支配のまっただ中で、祈り、賛美し、勝利していったのです。

 試練は不思議なものです。ある方が「試練は、恵みの仮面だ」と言いました。試練を通過すると、人は本当は変わってゆくのです。試練を越えて讃美する!これは神への摂理信仰に立つときにできるのことなのですね。「摂理」のことを英語で「プロビデンス」と言いますが、ラテン語の「プロ・ビデオ(前を見る)」からきています。わたしたちは目の前に10円玉にさえぎられると、前にあるものが見えないのです。目の前の試練を越えてもっと先を見るのです。神の歴史支配、不思議な神様の御計画を見るのです。そして、その恵みのお方を賛美するのです。

ある米国の大学で教えておられる韓国のクリスチャン医師が、赤羽で持たれたある半徹夜集会で言われました。「人間の体には一日に4千個のがん細胞が発生している。笑い、感謝すると、1回で約200個のNK細胞が発生してがん細胞を食い尽くす。フラグメンチンという酵素の働きです。」一日20回は神を讃美し、感謝せよ。「喜び、祈り、感謝せよ!」。これはクリスチャン人生の三面鏡です。

試練の時こそ、「神に祈り、讃美せよ!」です。アーメン

 

2)25 真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。(26節)。

⇒ 御業は突然!起こる。祈れ!祈りは奇跡の導火線。

第二に「突然」と言う言葉に注意してみましょう。パウロとシラスが祈りと賛美をしていると、「突然!」、大地震が起こりました。牢の土台が揺れ動き、牢の戸が開いてしまいました。そして、囚人の鎖も外れてしまいました。これはわたしどもに、主の御業は突然、起こることを告げています。神への祈りと賛美は奇跡的な力を持つのです。大いなる逆転が起こりました。それも「突然」起こったと聖書は伝えます。ちょうど、ダイナマイト爆発のように「突然」(!)爆発は起こるのです。

使徒行伝にはよく「突然」という語が使用されます。ペンテコステの時(2:2)、パウロの回心の時(9:3)、ペテロの脱出の時(12:7)、そしてこのピリピの牢獄で(16:26)。重要な出来事の描写のときには、著者はそれが「突然!」起こったと告げます。

しかし、実際に聖書を読むとその突然の出来事の背後に、必ず、祈りがあったことが分かります。2章では弟子たちの10日間の祈りがありました。9章の背後にはアナニヤたちの祈りがありました。12章のペテロの脱出の時にも教会の篤い祈りが、そして今日の16章、フィリピの牢獄でも、パウロとシラスの祈りと賛美がありました。祈りと賛美はやがて起こる大いなる業のための導火線のようなものです。導火線に火がついているとある時、突然、爆発が起こるのです!賛美は恐ろしい獄の門も、鉄の鎖をも解き放つのです。

わたしの場合、28年の祈りの中で、ようやく母が88歳で洗礼の恵みに預かりました。田舎で、母に洗礼を授けてから車を運転して帰ってきたのですが、途中で涙が止まらなくなってしまいました。また、昨年4月にすぐ上の兄が80歳で洗礼を受けました。涙が流れます!ハレルヤ

また、赤羽教会の会堂建築の時も皆で「主よ、必要を満たしてください!」と祈っておりました。皆の祈りが主に届いた時、40年前に洗礼を受けた方が「これをお使いください!」と多額のものを捧げてくださいました。祈りと賛美は、ダイナマイトの導火線です。皆さん、祈ってゆきましょう!奇跡は起こるのです。

3)31 ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」 (31節)

⇒ あなたもあなたの家族も救わはれる!    

教会は家庭を大切にしてきました。信仰の継承はいつの時代でも最大の課題です。モニカの熱き祈りによって巨人アウグスチヌスが生まれ、信仰の家庭ウェスレー家からイギリスを変えたジョンとチャールズが出ました。個人の変革は家庭の変革へとつながります。31、32、33、34節と4回も連続して「家族」という語がでてきます。家族一同が「救われ」「御言葉を聞き」「バプテスマを受け」「皆でよろこんだ」のです。 家族の救い!これは最大の問題の一つです。家族のため祈りましょう。兄弟団の毛戸健治先生のお証しを紹介します。

奈良に住む「愛さん」はある時に毛戸牧師に尋ねました。「先生、御

言葉に例外はありますか?」 牧師は一瞬たじろいだが「姉妹、ないと私は信じますが?」「実は先生、わたしの家族はわたしが毎日祈っていても聞いてくれないんです!使徒行伝16:31の聖句は、我家では例外なのではないでしょうか?」「姉妹ね、祈り続けなさい。目が黒いうちか白くなってからかは分からないが、祈りは聞かれますよ」。「目が黒いうちか・・? 目が白くなってからか・・・・?なるほど。解りました。先生、信じながら、祈り続けます。」それからしばらくして、ある親族の結婚式の花嫁入場の直前、愛さんは倒れてしまいました。帯をきつく巻きすぎたというのです。彼女はそのまま病院に運ばれましたが、召されてしまいました。翌日は前夜式。その時に、毛戸先生が説教で愛さんの祈りに触れると家族は泣き出して、前夜式は伝道会のようになりました。ご主人と子供さん方はこのときに主イエスを受け入れ救われたそうです。皆さん、信仰を持って、愛のうちに、祈り続けましょう。

ある教会でこの話をしたら、すごい信仰を持っている御夫人がおりました。「世界中の人が救われてもうちの主人だけは無理でしょう・・」。

ある韓国の女性はご主人の救いのために早天祈祷会でいつも祈りました。でも救われません。彼女はついにご主人の靴を持って早天祈祷会で祈ったそうです。「主よ、主人の靴だけ持って来ました。本人もいつか来れますように!」。ある朝、主人は靴がないので、不思議に思って奥様をあとをつけていったら彼女が自分のため涙を流して祈っているのに感動し、「ほら、靴の本体が来たよ」と言い、救いを受けたというのです。皆さん、来週からはご主人の靴をもって礼拝に来ましょう!! 

わたしの愛唱聖句は次の三つで、早天祈祷会でも良く祈ります。

「主イエスを信じなさい。あなたも家族も救われます」使16: 31

「わが家と我は主に仕えん」ヨシュア24:15     

「千代に至る祝福」出エジプト20:6

家庭が危機に瀕しています。真っ暗闇の試練の中でも、信仰をもって祈り、賛美し、奇跡を期待しましょう。御業は突然起こる!ハレルヤ

【祈り】天の父なる神様。主にあるすばらしいお交わりを感謝します。わたしどもは、真夜中にあなたを賛美します。あなたの御業は突然起こることを信じて賛美し祈ります。どうぞ、わたしどもの愛する家族、親族に救いの業を来たらしてください。御名によって祈ります。アーメン。