新宿西教会主日礼拝説教「無尽蔵の富」エペソ3:7~12 深谷春男牧師 2026年2月15日

 エペソ人への手紙は、「パウロの神学の冠」とか「新約聖書の冠」と呼ばれると解説をしてまいりましたが、今日の聖書箇所などを見ると実にそのように思われます。パウロはここでは、「キリストの無尽蔵の富」と表現しています。去る2月11日の「第57回の城北アシュラム」の主題も、「内住のキリスト・栄光の希望」という題で、持たれました。わたしも助言者として、同題でメッセージをさせていただきました。特に、昨年の4月16日に天に召された横山義孝先生を偲ぶメッセージで、98歳6ヶ月の長寿を全うされた聖霊充満の横山先生の「遺言」と語られたコロサイ1:27から語り、恵まれた時となりました。市川市の「山崎製パン」のクリエイション・センターでの集会で、約64名の方々の参加で、素晴らしい時でした。

【今日の聖書箇所の概略と区分】

 さて、今日与えられている聖書箇所は、エペソ人への手紙の中心的な内容のひとつで、「無尽蔵の富」とか「秘められた計画」とか「奥義」とか言われております。パウロは神様から示されて、聖書の指し示す大事な内容をここで語ります。ここでの中心は「異邦人の救い」ということと「教会」ということです。しかし、ここにはキリスト信仰の中心的な内容が語られています。

1、異邦人が救われること  1- 9節

2、神の計画を示す教会  10-12節

  これが今回の内容です。

【メッセージのポイント】

1こういうわけで、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっているこのパウロ―― 2

わたしがあなたがたのために神から賜わった恵みの務について、あなたがたはたしかに聞いたであろう。3すなわち、すでに簡単に書きおくったように、わたしは啓示によって奥義を知らされたのである。

(1-3節)     

⇒ 信仰の奥義が、わたしに啓示された

ここでパウロは率直に語ります。「3 初めに手短に書いたように、秘められた計画が啓示によってわたしに知らされました」と。

「秘められた計画」がわたしに啓示されたというのです。啓示というのは、隠れているものが明らかにされることです。ちょうど、モーターショーなどで新車発表のときなど、布が掛けられてあるのを、はげしい音楽と共に「これが新しいモデルです!」と興奮した声で紹介されるようなものです。神様は、パウロに、その「世界救済の計画」を示されたというのです。

わたしたちも教会に来て、多くのことを学びます。その中でも神様の語られる、「秘められた計画」、(これはムステーリオンという言葉でここから英語のミステリーという言葉が出ました。)これは口語訳聖書では「信仰の奥義」と訳されております。神様の奥まったところにある「この世界の救済の計画」「神の奥義の世界」の開示がここで始まるのです。長い人類の歴史の中で、神ご自身の「救済計画」とはいったいどういうことなのでしょう。わたしどもクリスチャンは神ご自身の心の奥でお持ちになっている福音の奥義をしっかりと理解してゆくことはとても大切なことです。

それでは、パウロに示された人生の最大の奥義、神ご自身の御思いの「奥義」「秘められた計画」とはいったい何なのでしょうか?

それは、パウロがこのエフェソ書で書いていることです。

  • 父なる神の、天地創造と歴史経綸の教え。
  • 子なるキリストの、和解の業。十字架と復活。
  • 聖霊なる神の、救いの完成の業。聖霊の助けによって人は救われる。
  • この救いが、今や、世界中の人々に与えられるということ。
  • それが、教会を通して語られるということです。

 信仰は聖書を言葉を聞くことから始まります。ですから、まず聖書の言葉を聞かねばなりません。今日の言葉で言うならば、わたしたちは神様の用意された、教会の最高の奥座敷で神の言葉を聞くことなのです。そこで、初めてわたしたちは神の救いの「秘められた計画」を悟ることができるのです。

クリスマスにはいろんな方々が教会に来られました。その中の一人、東條進さんが今入門コースをして、主イエスを心に迎え、新しい出発をしようとしています。秘められた神の奥義が、良くわかりますように祈りましょう。

森山諭先生がよく言われましたが、聖霊様に助けられ、魂に「光が入る」と、聖書の創世記から黙示録までが、地下道を通じて全部つながって、その内容がわかるのです。新しい年に向けて、この福音の本質をしっかり握って歩みましょう。

2)4あなたがたはそれを読めば、キリストの奥義をわたしがどう理解しているかがわかる。5この奥義は、いまは、御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たちとに啓示されているが、前の時代には、人の子らに対して、そのように知らされてはいなかったのである。6それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。7わたしは、神の力がわたしに働いて、自分に与えられた神の恵みの賜物により、福音の僕とされたのである。8すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、9更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務がどんなものであるかを、明らかに示すためである。(4-9節)

⇒ 異邦人の救いの道を語る!

最初の箇所で語りましたが、聖書の福音は、父なる神、子なる、聖霊なる神様の三位一体の神様の救いを知ることと、その中心となる十字架の救いの中心をしっかりと理解し、体験することです。そしてそれはユダヤ人だけの救いではなく、「異邦人の救い」、すなわち、「全人類の救い」という、神様のご計画を知ることとなりました。救いの奥義は、主イエスの救いを信じ、そして救いを受けることでありますが、それが、全人類に及ぶということです。すなわち、「異邦人の救い」ということです。自分が救われると、そのことがよくわかるのです。

「5 この計画は、キリスト以前の時代には人の子らに知らされていませんでしたが、今や“霊”によって、キリストの聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。」とパウロは5節で語ります。全世界の人々が救われる計画は聖霊によって、使徒たちによって語られる者となりました。さらに6節では「すなわち、異邦人が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたちと一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となるということです」と語り、異邦人が神の救済の約束に預かることが語られます。そしてパウロは自分が「神の恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださった」と神様に感謝を捧げています。彼は深くへりくだって、「聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに」それが与えられました、と感謝を捧げています。そして、自分の使命は説教の中で、「わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、9 すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画が、どのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。」と語ります。

皆さん、霊の目が開かれ、全世界の人々が主の救いの中に招かれ、新しい人生に招かれていることを知りましょう。ハレルヤ

やがて全世界的にリバイバルが起こるのです。

3)10それは今、天上にあるもろもろの支配や権威が、教会をとおして、神の多種多様な知恵を知るに至るためであって、11わたしたちの主キリスト・イエスにあって実現された神の永遠の目的にそうものである。12この主キリストにあって、わたしたちは、彼に対する信仰によって、確信をもって大胆に神に近づくことができるのである。(10~12節)

⇒ 教会にあって、確信をもって、大胆に神に近づく!

そして、パウロは、神のご計画を指し示す教会の存在の大切さを語ります。これは大切なことです。もともとこのエフェソ信徒への手紙は、「教会論」が中心であるといわれます。コロサイ信徒への手紙もよく似ていますがそちらは「キリスト論」が中心になっています。

ですから、10節で 「こうして、いろいろの働きをする神の知恵は、今や教会によって、天上の支配や権威に知らされるようになった」と語ります。教会に来て、わたしたちは聖書のメッセージを聞きます。そしてそれは11節で「これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。12 わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます」と語ります。キリストへの信仰により、大胆に神に近づくことができると語っています。最後は13節で 「だから、あなたがたのためにわたしが受けている苦難を見て、落胆しないでください。この苦難はあなたがたの栄光なのです」という言葉を最後に語ります。 

どのような試練があっても信仰者は主イエスと共に、また多くの教会の兄弟姉妹に支えられて、勝利の中に歩むのです。

新年は教会生活を整え、確信ある生涯、大胆に信仰の道を歩む、すばらしい一年といたしましょう!

【祈り】全能の父なる神様。今日は、「神様の秘められた計画」「信仰の奥義」を学びました。どうぞ霊の目を開いて、神様のご計画がはっきりとわかりますように導いてください。神様の創造から始まり、人間の罪を十字架と復活において解決し、聖霊によってそれを明らかにし、ついに、全世界の救いに到る恵みの計画を心にしっかり焼き付けてください。そしてそれが、教会を通して語られることをおぼえて、わたしどもの歩みを導いてください。教会のかしらなる主イエスの御名によって祈ります。アーメン