1月の使徒行伝13:38-43の礼拝説教では、恵みにとどまるようにとパウロ達が付いてきた人々に勧めたところを学びました。礼拝は命です。御言葉を悟らせてくださいと祈って(みことばを)いただいてください。引き続き神の恵みにとどまる秘訣です。
できれば早天祈禱会で、御言葉を頂いて下さい。木曜日は聖書研究祈り会をしています。御言葉を頂いた後で、皆様のお分かちを頂くと恵みが倍増します。恵みにとどまり続けましょう。とお勧めしました。
本日は、1週間後、再びパウロ達が語ってくれるというので、町中の人々が多く集まってきたという個所から学びます。
【聖書箇所の概説】
44-46、50節 パウロの話を、全市をあげて聞きに来た時、ユダヤ人は妬みに燃えて迫害した。
47-49、51節 パウロたち異邦人への宣教への決断。
52節 弟子となった人々は、喜びと聖霊に満たされていた。
【メッセージのポイント】
- ねたみは祝福を見失わせた。
44 次の安息日には、ほとんど全市をあげて、神の言を聞きに集まってきた。45 するとユダヤ人たちは、その群衆を見てねたましく思い、パウロの語ることに口ぎたなく反対した。
50 ところが、ユダヤ人たちは、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。 44-45・50節
一週間前、パウロ達が突然会堂に訪ねて来て、イエス様が約束のメシヤであったと語った時、ユダヤ人も好意的に聞いたようでした。付いてきた人々は、大勢のユダヤ人と、信心深い改宗者とありますね。
あまりの感動に、次の週もこれと同じ話をしてくれるようにとしきりに願ったのでした。
ところがその週の間に、よほどこの感動が伝わったのでしょう、全市をあげて、神の言葉を聞きに人々が集まってきたのでした。
するとユダヤ人たちは、その群衆を見てねたましく思い、パウロの語ることに口ぎたなく反対した。50 ところが、ユダヤ人たちは、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。となったのでした。理由は、ユダヤ人たちは、その群衆を見てねたましく思いとあります。
自分たちはこつこつと神に仕えてきた律法を守って。
信心深い貴婦人については前回学びましたが、当時の男性が倫理的に横暴なのに対して、ユダヤ教が清潔な教えを守っているので帰依する貴婦人がいたのでしょうと見ましたように、彼女達もユダヤ教の教えを守って来たでしょう。ところが、パウロ達が、「イエス様が全ての罪を負ってくださった。信じる者は皆救われる」。と語った時、今まで会堂に来たことも無く、律法も守っていなかった群衆が押し寄せてきて、会堂がいっぱいになってしまったのでした。
ねたむというのは「他人の幸せや、長所をうらみ、憎らしく思う」ことです。聖書では、ガラテヤ書 5:19 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。とあります。ねたむというのは信仰の働きではなく、自分が中心にいたい、肉の思いですね。
先週頂いた、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。38-39節という恵みをいただいて、ここにとどまるように、と語られたことを無にしてしまったものでした。
主のもたらした恵みの命をいただくために、自分がねたみとか、肉の思いに捕らわれていないか吟味しましょう。
2)パウロ達、全ての民への光であることを確信
口46 パウロとバルナバとは大胆に語った、「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。
47 主はわたしたちに、こう命じておられる、/『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。イザヤ49:6の引用48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。49 こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。 51 ふたりは、彼らに向けて足のちりを払い落して、イコニオムへ行った。 46―49、51節
多くのユダヤ人がせっかくの福音を無にして、口ぎたなく反対した上、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。とき、パウロ達は、イザヤが預言した、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためということが、今自分達の使命となったのだと確信して立ち上がりました。そしてこの福音を聞いて永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。のでした。
この言葉は、永遠の命にあずかるように定められていた者がもう決定されて定まっているように思えますね。尾山礼二先生の文章を紹介します。「永遠のいのちに定められている人たち」という言葉を何か宿命論に解すべきではありません。永遠の神は、時間の中におられるのではありません。神がわたしたちを「永遠の昔のことではなく、過去も、現在も将来もない永遠の今なのです。わたしたちのほうから言えば、今、定められていると言ってもいいわけです。・・・神は、今わたしたちがとる態度によって、わたしたちの運命を決めてくださると言ってもいいのです。ですから、聞かされたとき、信じたら、救いにいれられるのです。
パウロ達は、使命を確信した時、大胆に福音を語りました。その時、迫害の中にも関わらず、受け入れる人々が起こされ、こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。のでした。
3)喜びと聖霊に満たされ、光となる
52 弟子たちは、ますます喜びと聖霊とに満たされていた。 52節
今イザヤの預言した地の果てまで救いをもたらすものとされた。とパウロが確信して宣べ伝えた結果、異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。49 こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。ことを見てきました。その結果の人々の姿が52節です。パウロから聞かされてイエス様がもたらした命に生かされた人々は弟子となっています。
イエス様が復活後、40日にわたって弟子たちにあらわれ、昇天される時、マタ28:18 イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。 19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよと言い残されました。イエス様が地上におられた時の弟子たちは、使徒と呼ばれて一番に伝道者になりました。しかしイエス様のご命令はすべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよでした。そしてこの時パウロたちから伝えられてイエス様の命を頂いた人々もみな弟子になったのでした。それで、パウロ達がいなくなっても主の御言はこの地方全体にひろまって行った。のでした。
彼らが「光となって」語っていたのです。その姿がますます喜びと聖霊とに満たされていたとあります。先のガラテヤ書は、肉の働きが書かれていました。そのあとには、5:22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、23 柔和、自制であって・・と、肉の命から、イエス様の命を頂いた者の姿があります。聖霊様に心の王座を開け渡すとき、解放されて、喜び生きるものとされます。それが光の姿です。
一テサ5:16 いつも喜んでいなさい。17 絶えず祈りなさい。18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。19 御霊を消してはいけない。これがクリスチャンのスタンダードな姿です。これが命令形だと教えられて、見えるところ喜べない、感謝できないと思う時も「感謝します」と生きるようにしています。確かにヨハ 16:24 今までは、あなたがたはわたしの名によって求めたことはなかった。求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。とありますが、祈っても直ぐ答えられないときもあります。
小さな証し 先週は北支区の総会の出席者が出ていないと支区書記から電話があり、とりあえず議員はお知らせしました。しかし、議員資料が送られてるはずなのに、見た覚えがないのです。事務所はもとより、深谷の部屋、美歌子の部屋、パソコンのあたりと探しましたがありません。でも「感謝します」と祈りました。3,4日見つけることのできない間も、感謝して祈っていました。金曜日に、今年は会場で渡すことにしたのだと知らされました。そうだったのかと、感謝しました。
大きな証し 川村兄の姿。ヨブのすがた。
祈り 神様、イエス様を信じた者に罪の赦しと永遠の命が与えられる福音を、自分も受け取ったと証言しながら語ったパウロでした。ユダヤ人の迫害にあって、追い出されたとき、自分は、全世界に出て行って光を伝えるものとされたと自覚して伝えました。その伝えに応答した人々も弟子となり、聖霊様に満たされ喜びに満ち光となって伝えた時、福音が広まっていきました。この街にもあなたの命を必要としている人々が大勢います。真の喜びに生きる方が次々と起こされ光とされますように。御名によってアーメン
