敬老の日礼拝説教「最高の喜び」ー finish well の生涯を人生を ー  1テモテ4:6~8 深谷春男牧師

2021年9月12日(日)敬老の日礼拝説教
聖書箇所:1テモテ4:6~8                       
説教者:深谷春男牧師

  今日は、敬老の日礼拝。聖書には、白髪や敬老に関するものが多いですね。 「力は若者の栄光。白髪は老人の尊厳。」箴言20:29           「白髪の人の前では起立し、長老を尊び、あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。」レビ19:32

 ある人は言いました。「白髪は神の栄光。はげは世の光!」
 
 
 でも、「75歳から信仰による祝福の人生の出発」をしたアブラハムのように、「80歳にしてイスラエルの民をエジプトから救い出した」モーセのように聖書の御言葉に立って、果敢にチャレンジする人生を、聖書から聞きましょう!
 
 今日の説教題は「最高の喜び」です。「皆さんの人生で、最高の喜びは何でしたか?」「人生の最高の喜び・・・。」
 
 わたしも、60歳の還暦を迎えた時に、自分に問いかけてみました。「自分にとって、最高の喜びは何だったのだろうか?」パソコンに思い出すままに、書き込んでみました。書いて行きますと、たくさんありますね。父や母に愛された事。お兄ちゃんが、弟の僕がいじめられた時ににらみを利かせてくれたこと。小学校の先生方。中学時代の友人たち。主イエスの福音を教えてくれた中学の先生。内村鑑三などの本に出会ったこと・・・・・。数えていったら、100項目近く、思い出されて、「主よ、このような者を、かくまで愛してくださって、ありがとうございます!」と、神様に感謝を捧げました。皆様も同じような感覚を持たれたことがおありと思います。
 
【聖書箇所の概説】
 今日は、皆さんと共に、新約聖書の代表的な人物である、パウロ先生の晩年の手紙を読んでみましょう。Ⅱテモテ4章6節から8節です。この手紙はパウロ先生の遺言のような内容になっています。弟子のテモテに、わたしが世を去る時は近い。しかし、あなたは信仰をしっかり守って、福音の真理を語り、ゆるぎない教会の形成に励みなさいと励ましているところです。パウロ先生の遺言のような箇所と言いましたが、わたしたちの教会の年老いた兄弟姉妹の信仰の姿と重ね合わせながら、共に読んでみたいと思うのです。
 
【メッセージのポイント】
 
1)6 わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。わたしが世を去るべき時はきた。  (6節)
 ⇒ 世を去る時が近づきました!
 
 ここにはパウロの晩年の告白があります。「6わたしは、すでに自身を犠牲としてささげている。」と彼は語りました。パウロの生涯は主イエスに献げられた生涯でした。それは殉教の死が間近いということを彼は感じていたのだと思います。ですから、彼は自分の人生の終わりが近いことを感じて、弟子のテモテに、教会のことを頼んでいるのです。
 数年目に、東京聖書学校の公開講座で竿代照夫先生が、「ポストモダンの時代に聖化を説く」というすばらしい講演をしてくださいました。先生は講演の冒頭、Ⅱテモテ3:1-5をお読みになりました。ポストモダン、近代以後の世界は、このような世界で、現代の日本そのものであると語られました。その個所を読んでみたいと思います。ここは新共同訳では「終わりの時の人々の有様」という表題が載っております。
 
 口語訳で読んでみます。
 
 1 しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には苦難の時代が来る。2 その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、3 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、4 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となる。こうした人々を避けなさい。
パウロ先生が、「世を去る時がきた」と語る時の世は、まさにこのような世界のことでした。でも、ここに記されていることは、現代日本そのものではないでしょうか?ちょうどこの講演を聴いたころに、わたしも伝道のために「ブログ」を作り、「主と共に歩む恵みの日々」とか書いていたのですが、ある関西の方の教会の役員さんが、わたしのブログに、文句を言ってきて、「信仰とか、十字架とか、救いなんて、ナンセンス!キリスト教の時代は終わった!聖書なんかばかばかしい!」とか書かれて、むきになって、娘達に、「お父さん!そんな人にむきになって反論しちゃだめ!」とか言われていたときだったので、確かに世の終わりはそうなるんだ・・・。と思った箇所でした。
 
2)わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。(7節)
⇒ finish well の人生を。
 
 パウロ先生の告白は素晴らしいと思います。「私は走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通した」とこのように告白できる人生は最高だと思います。
ある方が「finish well」ということを言っておりました。
「良き終わり。堕落しないで、最後まで忠実に走り終える」という意味の言葉だそうです。そのような意味ではパウロ先生の告白は「finish well」 の典型的な例です。
 
 ある人が調べました。聖書に出てくる人物で一体、どれくらいの人が、finish well、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通したのか?その答えは、なんと30%だそうです。70%の人は、うまくいかなかったというのです。確かに聖書の人物は失敗者が多いですね。
 最初の人アダムとエバからして、失敗者です。アベルの兄カインにしてもそうです。人類は初代が神様に反逆して罪を犯し、二代目は兄弟殺しの殺人者です。ノアも最後の方ではブドウ酒に酔って裸で寝ていたなんて言う記事があります。アブラハムはfinish wellかもしれませんが、サウル王、ダビデ、ソロモン王などは、最初はとても良かったのに、最後は悲惨で、みじめな生涯でした。ウジヤ王などは最後は神さまに撃たれてしまいます。イスラエルの最悪の王様はマナセでイスラエルを偶像礼拝でけがし、バビロン捕囚の滅亡の原因を作りました。
 
 ある年の「幻を語る会」で中野雄一郎先生が、ヨシュアとカレブの生涯を説教され、「最後まで信仰を守り通せ!」と語りました。香港のある有名な先生に「世界中の牧師がどのくらいfinish wellしているでしょうか?」と聞いたら、その答えは20%だそうです。「え?どういう意味ですかね?」とわたしなどは思います。常に主を見上げて聖い生涯を送りたいものです。牧師のためにお祈りください。主のあわれみによって、finish well!の人生、主イエスに会って「善かつ忠なる僕よ!」とのお言葉を頂くべく、従ってまいりましょう!
 
3)8 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。       (8節)
⇒ 栄光の主を仰げ!仰瞻(ぎょうせん)と待望の信仰を!   
 
 愛する兄弟姉妹。ここにはわたしたちの生涯の大事なメッセージが語られます。人生は死で終わりではない。永遠の神の世界があるということです。パウロ先生は、死は主イエス様にお会いすることであると語ります。
兄弟姉妹!死はやはり不安で怖いですね。よく見えない世界だからです。でも、主イエスの十字架で贖われ、罪赦された生涯は罪と死を乗り越えた世界なのです。神の子として永遠の命に生きる生涯となるのです。
そのような意味で主イエス様を信じて洗礼を受けることは、天国へのパスポートを得ることです。しばらく前に、美歌子牧師が「天国へのパスポート」というお話をされました。
 
 皆さん、パスポートがないと国外への出国手続きができません。わたしは地域の名士ですとか、わたしは弁護士です、私は大学教授ですとか言っても、あるいはわたしは手品ができますとか、逆立ちできますとか言っても、出国も入国もできません。同じように、天国に入るにはパスポートが要ります。「主イエス様の十字架の贖いを信じる信仰」がパスポートです。使徒4:12に「 12 この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていない」と告白されている通りです。主イエスこそが「道であり、真理であり、命。わたしを通らねば誰も父のもとに行くことはできません」。
 
 わたしの好きな詩篇23篇4節に有名な言葉があります。
  たとい、死の陰の谷を歩むとも災いを恐れません。
  あなたがわたしと共におられるからです。
 
 上尾市で牧師をされていた長橋晴子先生の証しを思い起こします。長橋先生が、1999年、サウジアラビアからお帰りになられた直後にお母様が召天されました。その時のことを伺ったことがあります。クリスチャンでありましたお母様がご自身、病のため地上生涯がいくばくもないことを知られ、大変落ち込んだ時があったというのです。看病をされた彼女が、お母様と、この詩篇23篇を読まれたときにお母様が「晴子、イエス様が共に行かれるんだね。主イエス様により頼んで、一緒に行っていただくんだね・・・」と語りかけたというのです。「そうよ、お母さん。心配いらないわ。罪を身代わりに負ってくださったイエス様が、死を砕いて、永遠の世界までお母さんを導くのよ。これまで守ってくださったイエス様がご一緒ですよ。天国まで、永遠の命の世界まで導くことできるお方はイエス様だけですものね・・」と語り、「そうだった・・、そうだった・・・晴子、ありがとう」と話されたというのです。
皆さん、「人生の最高の喜び」。それは、主イエス様の救い。主は語られました。
 
「恐れるな。わたしはあなたを贖った。」
 
「恐れるな。わたしはあなたを愛している」
 
「恐れるな。わたしはあなたと共にいる!」(イザヤ43:1,4,5)。
 
【祈り】 主よ。敬老礼拝を感謝します。敬愛する先輩がたと共にあなたの言葉を頂きました。わたしどももこの世を去る時があります。しかし、あわてず、恐れず、罪と死を打ち砕かれたあなたを信じ、あなたを仰ぎ望み、仰瞻(ぎょうせん)し、あなたの栄光に包まれ、信仰に堅く立って、最後の最後まで、finish well の生涯を全うさせてください。「善かつ忠なる僕、良くやった。わが花嫁よ」とのあなたの御言葉を受ける者としてください。わたしたちの救い主、主イエスの御名によってお祈りいたします。アーメン

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聖霊降臨節第十六主日礼拝説教「一筋の心を与え給え」詩篇86篇 深谷春男牧師

2021年9月5日(日)主日礼拝
聖書箇所:詩篇86篇

説教者:深谷春男牧師

9月に入りました。昔は9月の第一主日は「振起日礼拝」と呼ばれておりました。暑い夏も峠を越して、秋が忍び寄る9月の初め、暑さで弱さを覚えていた身体と心を、礼拝を通し、み言葉を通して、新規一転、心を奮い起こす日として、振起日と呼んでおりましたね。詩篇86篇はすばらしい詩篇です。今日はこの詩篇を通して、「聖書の御言葉を暗唱」しながら、勝利した歩みを学びたい。「御言葉にはあなたがたの魂を救う力がある」(ヤコブ書1:21)。  続きを読む 聖霊降臨節第十六主日礼拝説教「一筋の心を与え給え」詩篇86篇 深谷春男牧師

聖霊降臨節第十五主日礼拝説教「起きよ、立ち上がれ」エペソ5:4~8 古屋博規牧師

2021年8月29日(日)主日礼拝
聖書箇所:エペソ5:8~14                       
説教者:古屋博規牧師

8あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい一9光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである一10主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。 11実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。 122彼らが隠れて行っていることは、ロにするだけでも恥ずかしい事である。13しかし、光にさらされている時、すべてのものは、あきらかになる。14明らかにされたものは皆、光となるのである。だから、こう書いてある。「眠っている者よ、起きなさい。死人のなからから、立ち止がりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照らすであろう」。

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聖霊降臨節第十四主日礼拝説教「神の怒りは啓示される」ローマ1:18ロマ書講解⑪ 深谷春男牧師

2021年8月22日(日)主日礼拝
聖書箇所:ローマ人への手紙1:18
説教者:深谷春男牧師

  先日、「チコちゃんに叱られる」というNHKのTV番組を見ました。5歳の人形のチコちゃんが、「ねえ、ねえ、オカムラ・・・」等と大人の男性に語りかけたり、難しい、当然と思っていることを、質問し、良く理解していなかったりすると、最後に、真っ赤になり、鼻や耳から(?)煙を出し「ぼーっと生きてるんじゃねえよ~!」と、大声を出すところで、皆が爆笑という楽しい番組ですね。5歳の女の子が、だいの大人を、「ボーと生きてんじゃねえよ!」なんて、いきり立つので、うちではあまり人気がなく、見ることがないのですが、この間は、夕食の後にちらっと見ました。「消えるボールペンインクはなぜ消えるのか?」という不思議な内容でした。あれは温度が高くなると透明になるインクの発見から始まったという数十年の歴史も語られ、びっくりしながら見ておりました。そして最後に、インクの発明者の方が、チコちゃんに質問がありました。「チコちゃんら、今日は消えるインクの話でしたが、チコちゃんは5歳でしたよね。5歳でも消したい過去ありますか?どうかな?」。わたしは聞いていて、なんというきつい質問!!と思いました。消したい過去がありますか?罪認識を問うている・・?  続きを読む 聖霊降臨節第十四主日礼拝説教「神の怒りは啓示される」ローマ1:18ロマ書講解⑪ 深谷春男牧師

聖霊降臨節第十三主日礼拝説教「信仰による義人は生きる」ローマ1:17ロマ書講解⑩ 深谷春男牧師

2021年8月15日(日)主日礼拝
聖書箇所:ローマ人への手紙1:17
説教者:深谷春男牧師

 一ヶ月ほど前に新型コロナワクチンの2回目の接種に出かけました。2回目は副作用が起こる人もいるとか聞かされていたので、緊張しながら接種の会場に向かいました。接種会場の若いお医者さんがわたしの資料を調べながら。「深谷春男さんですね。お誕生日は2月4日ですね。立春の日ですね。ことしは珍しく立春ではありませんでしたね・・。」とか語りかけてくれました。ずいぶん詳しいな、と思って聞いていたのですが、向こうの方から「実は・・・わたしも誕生日2月4日なんです・・・」。とても,暖かい雰囲気で、激しい大雨の日だったのですが,とても、幸せな気分になりました。  続きを読む 聖霊降臨節第十三主日礼拝説教「信仰による義人は生きる」ローマ1:17ロマ書講解⑩ 深谷春男牧師