新宿西教会2025年6月8日ペンテコステ礼拝説教「ついに聖霊が到来された!」使徒行伝2:1~4深谷春男牧師                                                                                                                                                                               

 クリスチャン人生は「聖霊の器」となる大きな目標があります。

教会の暦で大きな祭りは3つあります。クリスマス、イースター、そしてペンテコステです。ペンテコステはギリシャ語で「50」という意味です。これはユダヤの大きな祭り、『過越し祭』(教会の暦では受難週から復活祭)から数えて50日目の祭です。ですから日本語では「50日祭」とか「五旬祭」とか訳されます。この日は本来、ユダヤでは小麦の収穫祭として祝われていました。また出エジプトから50日目にシナイ山で十戒を授かった記念の日としても祝われておりました。そのような意味では、この日、小麦の収穫ならぬ、やがて全世界規模で起こる「リバイバルの初穂」が刈り取られる日となりました。また、シナイ山での律法、石に書いた戒めを越えた、わたしどもの心に記される「新しい律法」が与えられた記念の日ということになります。

【メッセージのポイント】

1)1 五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、2 突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。(1-2節)

⇒ 天が開く!              

 それは120名の弟子達が心を一つにし、10日にわたる祈り会をした時から始まりました。10日目に『聖霊なる神様』が弟子達に臨み弟子達はまったく変えられてしまいました。「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から起こって」(2節) とあります。「天から」という言葉は象徴的です。聖霊なる神様が臨まれる時、人は天の世界が開けるのを経験するのです。この世がすべてであるかのように思い、あくせくとして、悩んだり、妬んだり、憎んだりの人生が、一変して、主イエスと共に歩む「天国の生涯」が始まるのです。それは別の表現をするなら、「霊的な、天が開かれる経験」と言ってよいかと思われます。

聖霊なる神様というと、なんとなく漠然としてしまう、よく、わからないという人がいます。聖霊の働きの第1はわたしどもの霊的な部分に「天の世界が開けること」です。それは聖書の世界、神の創造と歴史支配についての霊の目が開かれるということでもあります。その中でも、聖書の中心的なメッセージである、主イエスの十字架の意味が、はっきりとわかるということであり、それは神秘体験でもなんでもない、自分の罪について良く理解でき、神の贖いの愛についてよくわかることです。神の救いの業は、人間の理解を超えているのです。それは「誰でも、聖霊によらなければ、イエスは主なりと言う事はできない」(Ⅰコリント12:3)のであり、「そのお方(=聖霊)が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする」(ヨハネ16:8)のです。

2)3 また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。(3節)

⇒ 火が通る!

 「炎のような舌が分かれ分かれにあらわれ」(3節) とあります。弟子達はこの日、自分の魂に「火が通る体験」をしたのでした。古い自我が聖霊の熱で溶けてしまうという体験です。クリスチャンは、「水でバプテスマを受けると共に、聖霊の火による洗礼」を受けるとあります。

 日本キリスト伝道会のエバンジェリスト、広島の植竹利侑牧師が「日本伝道幻を語る会」で説教をしてくださいました。それは実に鮮烈で、今も心に焼き付いています。

先生は、埼玉県の深谷市のお生まれで、16才の時に、教会に導かれ、人間には罪があるということを教えられ、教会生活をしている中で、「自分は罪びとだ!」と示され、十字架の主イエスの罪の贖いを信じて洗礼を受けて、救いの体験をしました。いわゆる、「信仰義認」とか「新生」という霊的な経験でした。そして、自分の生涯をどのように生きるかを祈っている時、人々にこの神さまの愛と命を伝えるために生涯を捧げよう!と決意して、献身を表明して19歳の時に神学校に入学し、神学生となられました。しかし、神学校の生活を通して、自分の内に妬みを経験し、自分の内側には、醜い罪がまだ残っている!ということを発見したというのです。まじめな青年でありました植竹神学生でしたが、何とも惨めな罪に染んだ自分を発見したのです。それは礼拝の席上で起こりました。説教の中で主任牧師が、ある神学生のことを誉めたのだそうです。「T神学生は文学書や神学書をよく読むし、奉仕も素晴らしい・・云々…」と。それを聞いていた植竹神学生は、ねたみの思いに捕らわれてしまいました。「彼よりわたしの方がもっと文学書や神学書を読んでいるし、奉仕にしても、T神学生は牧師の前だけうまく立ち回って、うわべだけの奉仕をしている。わたしのほうが心からの献身生活をしている。誉めるならわたしの方が誉められるべきだ!云々」。彼は、自分の内側からねたみの黒雲がもくもくと起って来るのを感じました。真実な植竹青年は、クリスチャンになった自分の内側にこのような罪の性質が残っているのに驚き、羞じました。そして、自分の内側を再び観察すると、なんと、救われる前と同じ、憎しみや妬みの感情、更に高ぶりや人並みの欲望等が生々しく感じられました。彼は内心のきよめを求めて、深い祈りに日々を費やすようになりました。断食や夜遅くまでの祈り。戦後の食糧事情もあって彼はやがて体調を崩し、結核初期の肺浸潤になりました。神学校の寮にいられなくなり、故郷の深谷市に帰ることとなりました。帰郷のその日、舎監の星野栄一先生に按手して祈って頂きました。『今より後、汝の内にありて、我は主なり!』(イザヤ書)の御言葉によって祈られた時、頭のてっぺんから足の先まで電流が通るような体験をされました。その恵みはジワーッとやってきました。電車で東京駅から出発し、上野から尾久、赤羽を通過する頃、聖霊なる神の圧倒的な臨在と恩寵の波が押し寄せて、電車の中で、涙が流れて流れて止まらなくなった。前にいた小さな子供が不思議に思って「お兄ちゃんどうしたの?」と聞く。「大丈夫だよ、お兄ちゃんはうれしくて、うれしくて泣いてるんだから・・」と言って、電車のデッキに出て、汚れた学生服の袖で、流れ来る涙を拭いながら「う、う、う、……・・」と泣き続けたというのです。この神の電流のような聖霊のバプテスマを通して以来、植竹師は「自我に死ぬ」という深い霊的な体験を与えられました。「それ以後、妬みも、憎しみも、イライラも、不機嫌さえも、わたしの生涯から消えてしまった」と証しされました。

 このような植竹師の体験は、ウェスレーのアルダスゲートの体験を出すまでもなく、教会の歴史の中では、大切なものとしてきました。深い祈りの中で、聖霊なる神様に取り扱われるという体験です。それは火を通るような出来事、電流が通って、生(なま)の電線が、高圧の電流を通す新しい存在になるような体験であります。罪と死が、自己中心性が、御霊の炎で焼かれてしまう出来事です。

3)4 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。(4節)

  ⇒ 聖霊に満たされ!

「聖霊の器になること」。ある牧師のゼミナールの席上で、ある先生が、わたしどもクリスチャンの最終目標を語られました。それは「聖霊に満たされ、聖霊の器となること」だというのです。クリスチャンとは何よりも聖霊に満たされることを求めるべきだ。心は主の十字架の血潮で洗われ、雪よりも白くされ、その中にいつも輝く命、聖霊なる神様を宿す。これこそ聖書の示すクリスチャン像です。清さも、愛も、力も、喜びも、信仰も、命も、輝きも我等の肉の性質ではなく、われらの内に住む聖霊の働きによるというのです。信仰生涯とは、充ち満つる聖霊によって、神の命を生きることです。神の愛と喜びに生きること。「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です」。

  「キリスト教信仰は、十字架と聖霊です」。BFバックストン師の説教集2の冒頭に、同師の挨拶の文章があります。「聖霊の器」という言葉と共に心に思い浮かぶ人格はバックストン師ですね。宣教師嫌いの内村鑑三が「彼のようなすばらしい宣教師なら、ぜひ日本に来てほしい。彼は聖霊の器、人類の花だ」とまで絶賛したと言われます。BFバックストンは1860年英国の貴族の家に生まれました。オックスフォード大学時代に、シカゴの伝道者ムーディ師の伝道集会で、献身を決意しました。日本宣教に召されて、明治23年、神戸に到着。それから山陰の松江に行かれました。赤山で若者達に多大の影響を与えて、松江バンドを形成されました。終始、笑顔が絶えず、温厚で、接する人々に、大きな霊的感化を与えました。現在の塩屋の神学校、関西聖書神学校を創設して、そこで教鞭をとられ、多くの伝道者を育成されました。「聖霊を受けよ。聖霊の満たしはクリスチャンの人生の戴冠式」と語られたことは有名です。彼の教え子の中に、御牧碩太朗、小島伊助、森山諭、本田弘慈、等の伝道者が輩出しました。横山義孝先生もその流れのひとりです。

「十字架と聖霊の満たし」。「罪の赦しと聖化の恵み」。これぞ、キリスト教の根幹をなすメッセージです。今日はペンテコステ。人の救いは主イエスの十字架の贖いにあります。そして、罪の中にとどまり続けるのではなく、「聖霊に満たされて」、恵みの中に、古き人へと引き戻すサタンの力に勝利して歩むのです。ハレルヤ

【祈り】 主よ、ペンテコステのこの朝、あなたの前に素晴らしい礼拝の時を感謝します。この朝、わたしどもは御言葉の様に、こころに聖霊様をお迎えし、天が開け、火が通るような、御霊に満たされる体験をお願いします。わたしどもに聖き神の霊を満たして、クリスチャン人生の戴冠式をなして下さい。主イエスの御名によって祈ります。アーメン

新宿西教会2025年6月1日復活節第七主日礼拝説教「心を合わせてひたすら祈り」使徒行伝1:3~14深谷春男牧師                                                                                                                                                                               

教会は「心を合わせて祈る群れ」でした。

使徒行伝によれば、その2章のはじめにペンテコステの時に教会が誕生したことが書いてあります。その時に約束の聖霊なる神が教会に降臨され、キリストの体なる教会が始まりました。しかし、この箇所を丁寧に読みますと、教会が出来上がる前に、実は、教会は「祈りの群れ」でした。皆で心をひとつに祈っているところに約束の聖霊なる神様の降臨があり、教会が誕生したのです。そのような意味では、教会は生まれる前から「祈りの群れ」であり、この「祈りの群れ」から教会が誕生したのです。

「教会は祈りの家」なのです。

初代教会は、「祈り会」から出発しました。うちの新宿西教会も同じだと思います。教会の創立時1954年(昭和29年)岡田実牧師を中心に立ち上がったときも、教会の兄弟姉妹の多くの祈りの中で、教会が建ちあがりました。また、新宿西教会が8階のビルとなった1980年の新会堂の建築の時も多くの祈りがささげられました。更に、考えてみれば、教会の前史、1910年(明治43年)に大久保の地に日本基督同胞教会大久保伝道所(大内文平牧師)が建ち上がったときにも、多くの祈りが積まれました。教会は「祈り」から始まったのです。現在でも新宿西教会は、「聖書研究・祈り会」「早天祈祷会」等で皆様と共に聖書を学び、共に祈れることは、豊かな祝福であり、よろこびです。

【聖書テキストの概説】

さて、今日の聖書箇所を共に読んでみましょう。

この聖書箇所は主イエス様が十字架の苦難を受け、3日目によみがえり、弟子達に現われ、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話され、昇天された後のできごとが記されています。

主イエス様は弟子たちに「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである」と語られ、8節では「 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と語られました。政治的なユダヤ帝国を作ることではなく、十字架と復活のキリストの体、教会の形成を語られたのでした。

昇天はオリブ山でなされました。弟子たち見ているうちに天に上げられ、雲に覆われて彼らの目から見えなくなり、天を見つめていた弟子たちに、白い服を着た二人の御使いがそばに立って、「なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる」と再臨の予告をされたのでした。

12節を読むと、使徒たちは、オリーブ畑と呼ばれる山からエルサレムに戻って来て、エルサレムに入ると、泊まっていた家の上の部屋(アッパルーム)に上がった、と記されています。そして、そこに集まっていた人々、120人の人々の名前が紹介されています。「ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダ」と、11名の名前が挙がっています。「彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた」(14節)のでした。

【メッセージのポイント】

1)12 それから彼らは、オリブという山を下ってエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に許されている距離のところにある。13 彼らは、市内に行って、その泊まっていた屋上の間にあがった。(12、13節a)

⇒ アッパ ルームヘ上れ!

使徒たちは、オリーブ山で、昇天された主イエスを見送ってから、エルサレムに帰りましたが、まず、彼らは「泊まっていた家の上の部屋に上がった」と記されています。「泊まっていた上の部屋」のことをアパルームと言います。彼らはまず、祈りの部屋に上ったのでした。

最初に語ったように、教会は「祈りの家」です。そこで、わたしどもは神様に真実の祈りをささげます。そして、神様の御旨を聞き、生きてゆく一番根本的なことを学んでゆきます。

以前も出エジプト記から「ヨケベデの祈り」という内容を読みました。エジプトで奴隷となっていたイスラエルの民の悲しみの歴史。その涙のただ中でモーセの母ヨケベデは、祈りつつモーセに信仰を伝えてゆきました。愛と祈りをこめて。まさに「おっぱいを祈りに溶かして飲ませ養った」のでした。揺り籠を動かす母親の手が、世界を動かすことになったのです。ハレルヤ。

2)その人たちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダとであった。(13節b)

 ⇒ 多様な人々と共に祈れ。

この時に、二階座敷で祈っていた人々の名簿がここに出てきます。これらの使徒たちは、かなり個性的な人々でした。漁師あがりの弟子たちは、リーダー格のペテロを始め、岩のようなごつごつした個性、ヨハネとヤコブは「雷の子」と主イエスに呼ばれるような激しい怒りっぽい性格だったのだと思います。ペテロのお兄さんのアンデレや、疑い深いトマスもいます。取税人のマタイもいれば、当時のテロ組織熱心党のシモンなどもいたのです。ヤコブとヨハネなどはお母さんと一緒に主イエスさまのところに行って、「一人をあなたの右に一人をあなたの左に」とかお願いして、弟子たちの中に争いが起こったこともありました。きっと、そりの合わない、どうしても苦手な性格の人もそれぞれいたに相違ないと思います。しかし、彼らは祈りにおいてひとつとなっておりました。さらに、14節には「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たち」と共に祈っていたというのです。婦人たちと共に祈るのは、ユダヤの伝統ではありませんでした。それに、ここには主イエスの兄弟たちも加わっていたことも言及されています。

前回も学びましたが、主イエス様が復活の後に語られたのは「神の国のことであった」と記されています。主イエスの最後の主題は「神の国」でありました。これはまた興味深いことです。ガリラヤ湖畔で最初に「神の国は近づいた、悔いあらためて福音を信ぜよ」と語ってその宣教を始められた主イエスは、地上を離れる時の最後の主題も「神の国」のことでありました。「神の国」とは「神の支配」の意味で神様の愛と命の支配する世界のことです。やがて弟子達が伝道すると一度に3千人の人が悔いあらためて信仰を持ちました。教会を「神の支配」のもとに置く訓練を受けていなかったならば、教会はすぐにパンクしてしまったに相違ありません。自己中心の人間が集まれば、そこには必ず自我のぶつかり合いが起こります。弟子たちは、主の臨在の前に深い悔い改めと、救いを体験し、主イエスのご臨在のもとに、愛と命の共同体をめざしたのでした。「神の国はあなた方のただ中にある」と主は言われました。「神の愛と命のご支配」を自分のものとしたいものです。

3)14 彼らはみな、婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた。(14節)  

⇒ 合心祈祷!

そして最後に、今日は「心を合わせて、ひたすら祈をしていた」という14節の言葉に注意しましょう。主のお弟子たち、そして主イエスの母マリア、そして主イエスの兄弟たちが加わって祈っていました。しかも彼らは心をあわせ て、ひたすら祈りをしていたのでした。

かつて、キリスト兄弟団の目黒教会の牧師の工藤公敏先生が、夏期聖会で、「合心祈祷」というお話をされました。地上で二人のものが心をひとつにして祈るなら、天の父はこれを聞いてくださる。先生は夫婦で祈りあうこと、

家族で祈りあうことを証しされました。その時は、赤羽教会の献堂式前でしたが、先生もその御用の直後に、ある教会の兄弟姉妹が、夫婦で祈っていたら、会堂建築のためにささげようということで多額の御献金をなされた。それが契機となって多くの方々の祈りですばらしい会堂が建ちましたと証しされました。

 心をひとつにして祈っていると奇跡が起こります。

 赤羽教会でも、会堂建設の時には、熱い祈りをささげておりましたら、必要の1億円が与えられたことがありました。

 見城良雄という先生の証しを忘れることができません。彼は愛知県のちいさな町の材木屋さんでした。奥様が滝元明先生の牧会される教会に通ってクリスチャンになりました。すでに6人のお子さんがいました。7人目の赤ちゃんが与えられたときにご主人との間に対立が起こったのです。ご主人はもう子供はいらないと言いました。口喧嘩となって、ご主人は怒って家を出て、赤提灯で、一杯飲んでいました。友人に「俺の家内はキリスト教に凝っちゃったよ」とぼやきました。ところが彼は「キリスト教はなかなか良い宗教だ。あなたも行ってみたらどうか?」と言ったのです。「それもそうだ」。彼は仕事のついでに、東京の穐近先生の牧会される教会に出かけられました。そこで新しい業が起こり始めたのです。

しかし、その背後には奥様の熱心な祈りがありました。夜になると彼女はよく、コモを持って裏庭で祈ったと言うのです。彼女の祈りが聞かれて、夫婦の危機も過ぎて、その子は無事出産。それから8人、9人、10人と生まれ、最後は11人か、12人目まで生まれました。しかし、現在、皆、伝道者になり、ご主人も材木屋がつぶれて、ついに伝道者になりました。特に一人の息子は暴走族のグループに入り、大変なところを経験していたそうですが、ご夫妻が、早天祈祷会に来て祈っている中で、この息子も救われ、献身して、牧師になられたと証しを聞きました。心を合わせて祈る祈りには恐るべき力があるのです。

【祈り】 主よ、わたしどもは、弟子たちのように、あなたの深い臨在を経験して、神の支配の中に歩むことを教えてください。イースターからペンテコステにいたる教会暦の中にあります。祈りを大切にしながら、聖霊に満たされて、教会を建て上げるものとしてください。心をひとつにして祈ることができますように。新宿歌舞伎町の中にあるわたしたちの教会を祝し、特に、祈りの霊を注いでください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン 

新宿西教会2025年5月25日復活節第六主日礼拝説教「約束に従って救い主が送られた」使徒行伝13:13~25深谷美歌子牧師                                                                                                                                                                               

今日は祈って、待ち望んできた、チャペルシアターの日ですね。鈴木梨紗ちゃんが2年越しで、チラシを作ってくれました。柿島八重子先生の優しさと、梨紗ちゃんの優しさが重なった優しいチラシですね。

 賛美と証しが祝福されますように。

さて、本日の聖書箇所は、アンテオケ教会から遣わされた宣教活動が進んで行こうとする時に起こった出来事と、パウロの説教が語られている所です。パウロ先生の説教が直接語られている所はここだけだそうです。パウロ先生からお話を聞くつもりで、どうぞお聞ききください。

【聖書箇所の概説】

13節 パポスからベルゲにきて、ヨハネはエルサレムに帰ってしまった。

14-23節 説教を依頼され、イスラエル人に神様が働いてくださった歴史を語り、ダビデの子孫からメシヤが送られたと語った。

24-25節 イエス様の前に送られたヨハネは、メシヤではなく、メシヤが来る前の備えをした器でしたと語る。

【メッセージのポイント】

  • ヨハネはエルサレムに帰ってしまった

パウロとその一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペルガに渡った。ここでヨハネは一行から身を引いて、エルサレムに帰ってしまった。13節

 バルナバとパウロは聖霊に導かれ、アンテオケの教会の祈りに送り出されて、宣教に出かけたのでした。この時バルナバの従弟のヨハネも一緒でした。彼らはヨハネを助け手として連れていた。5節とあります。ところがクプロ伝道を終えて、ベルガに渡った時、ヨハネはエルサレムに帰ってしまった、と言うことが起こりました。

この前の個所を学んだ時、バルナバはクプロ生まれでしたし、クプロで福音の言葉を聞いた人々の中から信じた人々が起こされたかもしれませんが、島全体に目覚ましい業が起こされたとかの報告は書いてない。バルナバもパウロもヨハネも、サマリヤのリバイバルに次ぐような業を期待していたかもしれないけれど、そんなすごいリバイバルが起ったとは書いてないと見てきました。最後に地方総督セルギオパウロが救われたのは特筆されていますが。

バルナバもパウロも、ヨハネを助け手として連れて行った時、若い後継者と期待していたかもしれません。けれどもここでリタイアしてしまったのでした。つらい旅で、労多くして地味な働きであったのかもしれません。

あるいは13節から、それまではバルナバがリーダーだったのに、2節、4節に、パウロとその一行と、リーダーが変っています。バルナバの従弟であったヨハネ(ユダヤ名マルコです。今後マルコと記します)は従って行けないと思ったのかもしれません。この後15:36で、幾日かの後、パウロはバルナバに言った、「さあ、前に主の言葉を伝えたすべての町々にいる兄弟たちを、また訪問して、みんながどうしているかを見てこようではないか37 そこで、バルナバはマルコというヨハネも一緒に連れて行くつもりでいた。38 しかし、パウロは、前にパンフリヤで一行から離れて、働きを共にしなかったような者は、連れて行かないがよいと考えた。39 こうして激論が起り、その結果ふたりは互に別れ別れになり、バルナバはマルコを連れてクプロに渡って行き、40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。とあります。

もう一度出かけようとなった時、パウロはマルコを連れていくことに、激しく反対しました。ベルゲで勝手に帰ってしまったことで激論になったのでした。そしてこの時は別行動をしたのでした。が、コロサイ4:10では、 わたしと一緒に捕われの身となっているアリスタルコと、バルナバのいとこマルコとが、あなたがたによろしくと言っている。このマルコについては、もし彼があなたがたのもとに行くなら、迎えてやるようにとのさしずを、あなたがたはすでに受けているはずである。と共に捕らわれの身となっているマルコを推薦しています。マルコは立ち直ってパウロにも信任され、伝道者の働きに復帰しています。一時はリタイアしたかに見えたマルコでしたが、バルナバの愛の導きも用いられたと思いますが、このように用いられる器になったのでした。献身者が全うされるよう祈り支えましょう!

2)イスラエルの神は真実に導かれた

15 律法と預言書の朗読があったのち、・・・と言わせた。16 そこでパウロが立ちあがり、手を振りながら言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を敬うかたがたよ、お聞き下さい。17 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び、エジプトの地に滞在中、この民を大いなるものとし、み腕を高くさし上げて、彼らをその地から導き出された。18 そして約四十年にわたって、荒野で彼らをはぐくみ、19 カナンの地では七つの異民族を打ち滅ぼし、その地を彼らに譲り与えられた。 20 それらのことが約四百五十年の年月にわたった。その後、神はさばき人たちをおつかわしになり、預言者サムエルの時に及んだ。21 その時、人々が王を要求したので、神はベニヤミン族の人、キスの子サウロを四十年間、彼らにおつかわしになった。22 それから神はサウロを退け、ダビデを立てて王とされたが、彼についてあかしをして、『わたしはエッサイの子ダビデを見つけた。彼はわたしの心にかなった人で、わたしの思うところを、ことごとく実行してくれるであろう』と言われた。23 神は約束にしたがって、このダビデの子孫の中から救主イエスをイスラエルに送られたが、     15-23節

 マルコという助け手が帰ってしまって、心が沈んだのでは?と思いますが、残された二人は何事もなかったかのように、ピシデアのアンテオケに進んで行きました。そしていつものようにユダヤ人の会堂に入って席に座りました。 

当時は会堂にラビなどが入ってくると、その会堂の責任者が奨励を依頼することがありました。パウロはガマリエルの門下生で、立派な説教者でした。そのパウロに説教の依頼がありました。彼はおもむろに立ち上がると、手を振って話し始めました。集まっていた人々は、何を話されるかと注目したでしょうね。「イスラエルの人たち、ならびに神を敬うかたがたよ、お聞き下さい。17 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び、エジプトの地に滞在中、この民を大いなるものとし、み腕を高くさし上げて、彼らをその地から導き出された。と語り始めました。これは出エジプトのところからですね。その後は荒れ野での40年間、約束の地の攻略の時代、士師の時代、サムエルに王を要求した時代、と語ってゆきました。この歴史を表現するのに、先に殉教した、ステパノと違っているのは、ステパノが、先祖がいつも神様の導きに逆らってきた、と糾弾したのと違って、神様が、イスラエルの民の求めをいつも受け入れてこられた、と言っていることです。

 そしてダビデの時代に至ります。わたしはエッサイの子ダビデを見つけた。彼はわたしの心にかなった人で、わたしの思うところを、ことごとく実行してくれるであろう』と言われた。23 神は約束にしたがって、このダビデの子孫の中から救主イエスをイスラエルに送られたと、ダビデに約束した救い主がイエス様であったと語りました。ロマ1:2、3 この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、3 御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れと、パウロは一貫してダビデの末に約束された救い主がイエス様でしたと語っています。マタイもルカもイエス様の系図を挙げていますが、ダビデの子孫として生まれたと記しています。

 今日のメッセージ題は「約束に従って救い主が来られた」です。このあとどのように救いを完成して下さったか、パウロは語っていきますが、今日しっかり心に留め受け取っていただきたいのは、イエス様は急に、ある時この世界に生まれて、いろいろ教えたり、愛を表したり、奇跡をおこなって救い主だぞ。と宣言したのではなかったということです。ヨハネによる福音書は、イエス様は世界が創られる前から存在しておられたと初めていますが、ヨハ 1:11 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。と書いています。イスラエルの民は、イエス様が来られるより前から、真の神様を知ってきた民でした。やがてまことの救い主を送ると約束されていました。そしてイエス様が送られたのです。

 ただユダヤ人の望んでいたのは、ダビデの時代がそうであったように。イスラエルの国が周りの国々を平定して君臨する王を求めていたのでした。

 しかし、この世界の創り主なる神様の思いは、全人類の救済でした。その為に誰にも理解されないまま、黙って十字架に附いてくださったのでした。 

3)ヨハネは、わたしのあとから来るかたがいると言った

24 そのこられる前に、ヨハネがイスラエルのすべての民に悔改めのバプテスマを、あらかじめ宣べ伝えていた。25 ヨハネはその一生の行程を終ろうとするに当って言った、『わたしは、あなたがたが考えているような者ではない。しかし、わたしのあとから来るかたがいる。わたしはそのくつを脱がせてあげる値うちもない』。        24-25節

パウロは約束の救い主がイエス様でしたと語った後、バプテスマのヨハネのことに言及しています。これは、ヨハネによる福音書もバプテスマのヨハネはメシヤではないと語りますが、バプテスマのヨハネが、清廉潔白、イエス様でさえルカ7:28あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい。と語られたほどの人物でしたから、当時バプテスマのヨハネを信奉している人々がいたので、ちゃんと位置づけをしたのでした。理想的な生き方を導いてくれる人がいても、人間の罪を贖い、救うことができるのは、イエス様だけです。→貴村かたる先生の証。

 最近、深谷牧師のすぐ上のお兄さんが洗礼を受けました。若い頃は別の宗教に入っていて、論客でした。でもある時、福島からの帰りの列車の中で、イエス様の十字架と復活、召天、聖霊降臨が歴史に起こった出来事と語った時、「ほんとにあったことなのか?」とびっくりされました。47年月報等はずっと送り続け祈っていたのですが、「お兄さんもイエス様を信じて永遠の命を頂いて下さい」と言うと「解った」と信仰告白をし洗礼を受けました。

私たちの救いは、神の民の歴史に働き、救い主を送ると語られ続け来られたイエス様が、人間の思い及ばなかった救いを与えてくださったことを知らされ、信じて現実に与えられる罪の赦しと永遠のいのちです。

祈り 神様、宣教の為に立ち上がったパウロとバルナバでした。が、意気消沈するようなことも起こりました。聖霊様の導きの中で、前進できたに違いありません。昨日はウエスレーのアルダスゲイトで、聖霊様に触れられて、罪赦され命の確信を得た記念の日でした。神様の計画はすべての時代、国を超えて与えられる命でした。これに気付き頂く方が起こされますように。御名によって祈ります。アーメン

新宿西教会2025年5月18日復活節第五主日礼拝説教「わたしのアルダスゲート」ローマ人への手紙10:9~11深谷春男牧師                                                                                                                                                                               

「人生の転機!」

 わたしが赤羽教会で牧師をしていたころのことです。当時、神学生だった飯村兄が、日曜日の朝に教会の玄関のところで大きな声で挨拶してくれました。「深谷先生!おはようございます。今日は5月24日ですね。アルダスゲートの記念の日おめでとうございます!」 わたしはびっくりして、「え?何の日?」。と思わず聞いてしまいました。皆さん、このように挨拶されたら、どうお答えになります?

1738年5月24日(水)、ロンドン郊外のアルダスゲート街のある教会での祈祷会の集会中、午後8時45分の頃に、ある方がルターの書いた「ロマ書の序文」を読んでおりました。それを聞いていた35歳の牧師、ジョン・ウェスレーが、神様に導かれて深い霊的な経験をし、そこから18世紀の英国を造りかえる信仰復興(リバイバル)が起こりました。そのことから、神様に導かれ、聖書の教えている魂の救いについて霊の目が開かれ、キリストの十字架の贖いと聖霊なる神様の臨在のもとに魂の奥底からの救いの確信が与えられる経験のことを「アルダスゲートの体験」と表現されています。

ジョン・ウェスレーは毎日、克明に日記をつけました。その日の日記には、長い文章が載っております。

彼は、1735年10月に、アメリカのジョージア州にまで出かけサヴァンナというところで、弟のチャールズなどと共に熱心な伝道活動に当たりました。でも、ウェスレーなどの熱心すぎるような伝道牧会は、米国の人々には敬遠されて、思うように行かずに、失敗のような形で、1737年12月には、サバンナを去り帰国し、1738年には、その時の傷が癒えていないような時だったようです。

日記そのものを記してみましょう。

「夕刻、私はひどく気が進まなかったけれども、アルダスゲイト街でのソサエティーの集会に行ったところ、そこである人がルターの『ローマ人への手紙』の序文を読んでいた。9時15分前ごろであった。彼がキリストを信じる信仰を通して神が心の内に働いてくださる変化について説明していたとき、私は自分の心が不思議に熱くなるのを覚えた。私は、救われるためにキリストに、ただキリストのみに信頼した、と感じた。神がこの私の罪を、このわたしの罪さえも取り去ってくださり、罪と死の律法から救ってくださったという確証が、私に与えられた。」(藤本満訳)

彼はようやくこの時、キリストに、キリストのみに信頼し、わたしの罪を、このわたしの罪さえ取り去りたもうと信じることができたと記しています。「救いの確証」を得たのです。集会が終ると彼は弟チャールズのもとに飛んで行った。チャールズの日記には「10時に近く、兄は私達の友人に連れられて、輝いた顔をして入って来て、『わたしは信じる』と叫んだ。そこでみんなで一緒に賛美を歌い、祈って別れた」とあります。

これが有名な、アルダスゲートの体験でした。真剣に神の聖さを求め、救いの内的確証を求めたウェスレーは、ここでようやく、明確な信仰義認に立った。それはやがて神の像の回復という聖化の教理の土台が据えられ、大きなリバイバルの原点となりました。今日、神の御前に深く祈り、救いの確証を得た伝道者、牧師が必要とされています。

【今日の聖書箇所の概略と区分】

 さて、今日、開かれました聖書箇所は、ロマ10:9,10です。

パウロ先生が書いた「ローマ人への手紙」は、キリスト教についての一番基本的な内容をまとめたパンフレットのようなものです。

  • 1~8章「個人の魂の救い」。人間の罪と死を克服する方法。
  • 9~11章「全人類の救い」。神の不思議な摂理による歴史支配。
  • 12~15章「キリスト者の倫理」。救いを受けた者の道徳。

この、ロマ書は、聖書の中でも、最も大切な「救いについて」全容を記したパウロの手紙です。

今日の聖書箇所は、この中の②の部分の一部です。

【メッセージのポイント】

1)1 兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである。2 わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、その熱心は深い知識によるものではない。3 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。       (1,2節)

⇒「律法の行い」によっては救われない。救いは「キリストへの信仰」による。

使徒パウロの熱い願いは、同胞のユダヤ人が救われる事です。パウロは熱心にその事を求めていました。ユダヤ人は想像を絶する熱心さを持って命がけで神様に従ってきました。しかし、それは聖書の教えている生き方ではないと指摘しています。

パウロは、特にユダヤ人は律法を守る「自分の義」を立てることに終始し、「神の義」について理解していないと語ります。旧約聖書は「神の義」について記しています。それなのにユダヤ人は「自分の義を立てようとして間違ってしまった。」この間違いは、自分の努力によって、自分の熱心な行いの功績によって、得ようとしたからだとパウロは言います。救いは、律法を行うことではなくキリストイエスを信じる信仰からくるのです。ロマ3:21~26 参照。

 それは特に、イザヤ書53章の内容を中心に、明確に書いてある。やがてやってくる「苦難の僕の受けた苦しみ」が、わたしたちの身代わりの「代理贖罪」なのだ。

人間は自分で自分の罪を負うことはできない。それは6000億円の借金にたとえられるような、莫大な大きさだからだとマタイ18章の方では語る。イエスキリストの十字架の血潮の価値は、その6000億の借金をすべてまかなう以上の価値あるものなのだと聖書は語ります。この主イエスの十字架により神の救いの業はなされた!

2)9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。

⇒ 心からキリストを受け入れ、口で告白せよ。救いは来る!

この9.10節が、箇所の中心ですね。ロマ書や聖書の教えの中心的な内容ですね。ハレルヤ「自分の口でイエスは主であると告白するとき、人は救われる。特に主イエスの十字架と復活を信じるときに人は救われる!」 10節「人は心に信じて義とされ、口で告白して救われる」。これは暗唱すべき救いの言葉ですね。

この聖句には思い出があります。

今まで聞きました「わたしのアルダスゲート」という説教や証しは思い出すだけでも、横山義孝先生、西海満希子先生、島隆三先生など、素晴らしい方々の体験があります。

◇山田彰師:献身の証し。映画俳優となり、加山雄三主演の「若大将シリーズ」に出て、有名となる。お金が入ってお酒におぼれる日々・・。ついに飲酒状態で映画の収録へ出て、職を失い、競輪競馬でも大失敗。絶望!淀橋教会を尋ねる。伝道師が彼と語り、「あなたが救われる道がある。」という。このロマ10:9,10を読み。「信じて救われる!」。その後、洗礼を受け、やがて献身、伝道者となる。御子息も牧師となる!あの主を受け入れた日。

横山義孝師:旧制中学を出て、海軍対潜学校へ。昭和20年の終戦。その年のクリスマス。沢村五郎師の特伝で献身を決意。関西聖書学校に入学。川口市での開拓伝道。自分に聖霊の圧倒的、聖霊の満たしを求めて、ついに1930年、3月講壇に立つと、ぐっと押される感覚、十字架の主イエスが幻で現れ、何も語れなくなった。しかし、これ以後、聖霊の自由を体験。これが、わたしのアルダスゲート。

西海満希子師:奈良女子大で宣教師の聖書の話を聞き、深く感動。母国を離れ主の業に励む方を見ながら、自分はいったい何をなすべきかと迫られ、福音がはっきりと示され、特に、神を愛する者は、全ての人を愛するのだ!に示され、自分の心に愛がないのを示されて悔い改め、そして献身を決意。あの時はわたしのアルダスゲート。

島隆三師:札幌でクリスチャンの両親から生まれる。島先生の「ジョンウェスレー」の論説の最後に「わたしのアルダスゲート」という一文があります。信仰から離れてしまったお兄様に彼は何日もかけて手紙を書きました。涙の中で書きました。その書いている時が、島先生自身が信仰の確信を得、「アルダスゲートの体験」だったと告白されました。

【祈り】全能なる神様!感謝します。わたしどもは、今日の御言葉のように「イエスは主である」心で信じ、「主イエスは死者の中からよみがえられた!」と口で告白して、ここから出発します。山田先生、西海先生、島先生、J・ウェスレー先生のように、明瞭な救いの確証を与えてください。御名によって祈ります。アーメン

新宿西教会2025年5月11日復活節第四主日礼拝説教「信じる者になりなさい」ヨハネ20:24~29 深谷春男牧師                                                                                                                                                                               

《新宿西教会礼拝説教》   「信じる者となりなさい」    2025、5、11

ヨハネ20:24ー29     ― 信じない者ではなく信じる者に ー    深谷春男牧師

  ハレルヤ!勝利の主に感謝をささげます。

過ぐる一週間は、恵みのあふれる一週間でした。飛び石連休の週間でありましたが日曜日の礼拝説教で、「内住のキリスト・栄光の望み」と題してのコロサイ1:27を、横山義孝先生、BFバックストン先生、ジョンウェスレーの「アルダスゲート体験」のことを語らせて大きな恵みを頂きました。また木曜日の祈祷会は詩篇74篇の恵み、金曜日の朝6時からの早天祈祷会に、8名の方が教会に集い、ネットで5人ぐらいが参加して13名で熱い祈りをささげました。アブラハムの信仰に立って、「祝福の基」として歩み続けたいと、熱く、思いを新たにさせていただきました。背骨のリハビリも、順調に進み、少しづつ、神様の癒しの業がなされているように感じております。

  エマオ途上で現れてくださった、復活の主イエス様が共に歩んでくださるような、恵みの時でした。臨在の主イエスをおぼえつつこの一週間も進み行きたいと思います。

今日はトマスと言う一人の人物を共に見て行きたいと考えております。

【聖書箇所の概説と区分】       

 トマスは「デドモ」とも呼ばれました。これは「双子」という意味でした。実際に彼は双子であったのだという説と、彼の中に二重の人格があったのだという説があります。彼は主イエスのためなら死んでもいいという熱烈な信仰者という一面と、どこまでも理性を越えた出来事を信じられないという陰欝な懐疑者の一面を持っています。しかし、福音記者のヨハネは、そのような彼がもっとも深い信仰告白に達したのだと告げています。        

   

【メッセージのポイント】

1)、24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。25 ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。  (24、25節)

  ⇒ 恵みの集会を逃すな!                

 24節に「トマスはイエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった」とあります。疑い深かったトマスは多分、主イエスの復活を信じ切れなかったのでしょう。「主イエスが復活した!」と騒いでいる弟子たちと女たちの会話を聞いて、何となく馬鹿々々しくなり、そうっと弟子たちの集団から抜け出し、暗い顔でエルサレムのちまたを歩いていたのではないでしょうか。       主イエスは「二人三人わたしの名によって集まっているところにはわたしも共にいる」と仰せられました。主の名によってもたれる集会には主イエスが臨在されるのです。特にすばらしく主イエスの臨在をありありと感じられるような恵まれた集会を逃さないようにしたいものです。トマスも、もしも、最初の主イエスの復活の時にそこにいたら信じることができたのでしょう。

  わたしどもは日常生活でいろんなことを体験いたします。時には人の言葉に傷ついたり、なすべきことがうまく行かないで失敗したりと言うことがしばしばあります。そのようなマイナス要因が何回か繰り返されると、とても嫌になってしまいます。生きる力や喜びを失ってしまいます。でも、主イエスの恵みに満たされて、生きる勇気と力をいただきたいと思います。

  ある日の祈り会でも、すばらしい証しを聞きました。ある兄弟が悪魔の誘惑に遭ったというのです。

「ある朝、きれいな花のある公園を散歩していました。ふと見ると、カメラの望遠レンズがそこに落ちていました。手にとって見るとそれは大変高価なもので、20万円ぐらいするのではないかと思われるものでした。自分の持っていたカメラにつけてみるとピッタリと合う。そのときに、悪魔がわたしにささやきました。「もらっておきなよ。ほしいと思っていたんだろう。」でも、そのときにすぐ御言葉が浮かびました。「自分にして欲しいと思うことを他人にもしてやりなさい」。これを落としてしまった人はきっと、がっかりしているに違いない。交番に届けよう!そして交番に届けました。そしたら、すぐに連絡があり、落とした方が届けを出しており、わたしの方へとお礼の電話がありました。その方は、もう、あのレンズが出てくることはないと思っていたそうです。でも話していて、心に大きな喜びが湧いてくるのを感じました。」

  この兄弟はいつも集会に出て、主イエスに出会い、御言葉に励まされて歩んでいる方です。恵みの集会を逃さないでいつも勝利の中を歩みましょう。

2)、26 八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。27 それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。(26、27節)

  ⇒信じる者となりなさい。   

 ここには「さて八日の後」と記されています。八日と言うのは、イースターの日から、一週間後の日曜日を意味しています。つまりイースターの朝から一週間後のことです。今年の暦で言えば、今日、4月27日のことですね。

主イエスはイースターの朝に復活して、弟子たちにご自身を現わされました。弟子たちは主を見て驚き、また、喜びました。しかし、12弟子の中のトマスだけはそこにおりませんでした。彼はどこか別の場所にいたのです。どこであったかは解かりません。25節を読みますと、イースターの後の弟子たちの喜びと共に、その恵みの場にいなかったトマスの戸惑いと強い反感をそこに見ることができます。そこにはこう記されます。

「そこで、ほかの弟子たちが、『わたしたちは主を見た』と言うと、トマスは言った。『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。』」

ここにはトマスの不信表明と、弟子たちの困惑も記されているのではないでしょうか?

トマスとそのほかの弟子たちの間には、なんとも言えない緊張があったのではないでしょうか?弟子たちは「主は復活した!」と言い、トマスは「わたしは信じない!」と言い張ったのですから。そして、今日の聖書では、その一週間後の日曜日のできごとが記されています。やはり、日曜日の朝でした。「さて八日の後、弟子たちはまた家の中に」おりました。そしてそのときには、イースターの朝にいなかった「トマスも一緒にいた」のでした。「戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われ」ました。そして、27節を見ると、主イエスは「それから、トマスに言われた」と記されています。主イエスはこの1週間後の顕現の際には、特に不信の中にいたトマスが気になっていたに違いないのです。主イエスはトマスに静かに言われました。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

特に27節の言葉に心を留めましょう。「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」というすばらしい御言葉があります。不信のトマスへの、主イエスのやさしい、しかし、率直な言葉がここにあります。そして、わたしたちにも、主イエスは今日、この言葉を語られるのです。    

 愛する兄弟姉妹! 皆様の中にも、主イエスの十字架と復活を信じられないで苦しんでおられる方はいらっしゃらないでしょうか?主イエス様は、現代のトマスであるわたしたちに今日、語られるのです。

「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」と。

3)、28 トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。29 イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。             (28,29節)

   ⇒ わが主よ、わが神よ。

 28節にはトマスの信仰告白が記されています。彼は主イエスが現れ、彼の前に立たれたときに、深い畏れと圧倒的な主の真実に触れて、「わが主よ、わが神よ」と告白したのでした。トマスは、主イエスご自身が彼の前に現れ、その手の傷と脇の傷を見せて、「見なさい、触ってごらんなさい」という主イエスの臨在の前に跪き「わが主よ、わが神よ」と告白したのでした。「キリスト教の2千年の歴史のなかで告白された信仰告白は、このトマスの短い驚きの叫びに源がある」と竹森満佐一は語っています。この短い言葉、「わが主よ、わが神よ」という短い言葉ですけれども、これは、われらのために十字架にかかり、われらの罪を贖い、われらのために陰府にまで降って死を砕いてよみがえりたもうたまことの主イエスへの驚きと信仰に満ちた信仰告白なのです。わたしたちは今日も使徒信条を礼拝の中で告白しました。また先週は、日本基督教団の信仰告白を告白いたしました。この告白の源泉はまさに、復活の主イエスに出会い、その手に釘跡を見、そのわき腹に槍で受けた傷を見た者の、驚きと感謝とその愛の深さへの感動を我らに伝えています。

こうして、ヨハネ福音書は「言(キリスト)は神であった」という聖句から説き起こしましたが、今この福音書を閉じるのにあたって「主イエスこそわが主、わが神!」との聖句で終わるのです。

「主イエスこそまことの神であった。人間のどうしようもない深い罪をあがない、死の支配の中でうごめいていた人間に永遠の命を与え、よみがえりの恵みを注ぐのは主イエスである。彼は神なのだ。神のふところにいる独り子なる神なのだ!」と。ハレルヤ!

【祈り】 よみがえりの主よ。今日は、トマスの信仰告白を学ばせていただきました。神の恵みの集いからはなれて、不信仰に陥り、苦しみ惑うトマスに御傷を示してやさしく「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」と語られました。主イエス様の恵みに現実に触れて、「わが主よ、わが神よ」と告白する者とならせてください。この新しく迎えた一週間も、あなたへの信仰の告白と共に歩み行かせてください。われらのために傷を受け、われらの罪と死を身代わりにおいたまい、わたしどものエマオの旅路を伴いたもう、復活の主イエスの聖名によって祈ります。アーメン。